ジンバブエ2008/7- 基本情報

ハイパーインフレ、不正選挙、経済崩壊・・・という悪いニュースばかり流されるジンバブエ。もともと学生時代から「クレートジンバブエ遺跡」を見たくて最も行きたい国の一つだった。今の興味は、独裁政権下の人々を見たい、というものだった。実際、超インフレや食料不足など報道されている通りの酷い状況と、比較的治安は良いという報道とは異なる状況を目にすることができた。(ジンバブエ関連の記事参照。)
当初は3ヶ月ジンバブエに居るつもりだったが、地方へ行ったら食料不足のためすぐに南アフリカに抜けてしまった。大きな都市では市場などで人の写真を撮っているだけで必ず記者と疑われ、本人が許可していても撮影できないことも多かった。街の様子や人々に気楽にカメラを向けられない雰囲気は、今までの旅行ではなかった経験だと思う。一方、ほとんどの人から大統領批判の本音を聞け、その点は健全だと思った。


-----以下、ジンバブエ、南アフリカ、ナミビア、ザンビアを通しての情報-----
■期間 2008/7/28 - 2009/10/17
■費用 滞在費¥300,000 往復航空券¥221,900 ※燃料税含む

■カメラ機材
ボディ  Canon EOS3 ※電池、フィルム100本 ←南アの空港だけはX線逃れらず
      Canon EOS40D ※バッテリー4個、CF計48GB、充電器
レンズ  EF17-40 F4L USM
      EF50 F1.2L USM
      EF75-300 F4-5.6 IS USM
ストロボ 480EZ
■プリンタ
  Canon SELPHY CP750 ※バッテリー2個、専用インクカセット・用紙1000枚分
■その他
      変換プラグ、延長コード など
■現地調達
      変換プラグ(南ア専用)

2008/7/30 ムバレ地区の人々(1)


首都ハラレはビルも多い都会的な雰囲気だが、経済崩壊で閉鎖した店が多く、開いていても日用品や食料品が殆どない。活気を求めて下町のムバレ地区へ行ってみた。そこで会ったOberiに市場を案内してもらった。野菜市場はともかく、観光客向けお土産が多いクラフト市場には客は皆無であった。
それにしても、市場の人には「Not Permited」と言われことごとく撮影拒否された。



古着の青空市場で親しくなったAugustine。すぐ近くの彼の部屋に案内してくれた。小さな2部屋に4,5人で住んでいる。職業はジュース業者のセールスマン。



Augustineの息子。若いのに貫禄があった。

2008/7/30 ムバレ地区の人々(2)


Augustineと別れて再び古着の青空市場へ。客は殆ど見かけず、早めに引き上げる店が多かった。店番をしていたBlessine(写真左)とKwenza。






Blessineらを撮っていると「私も!」と言ってきた陽気なオバチャン。(2ヵ月後、彼らに写真を渡すべく再会したときに実はAugustineの妻であることが判明!)
この後すぐ、男性たちが「何を撮っているんだ?許可証は?」と強い口調で迫ったきた。酷い経済状況を取材しにきた記者だと間違われたようで、ただの旅行者であることを説明した。結局「とにかくここから立ち去れ」とだけ言われて帰るしかなかった。

2008/7/30 宗教集団


ムバレ地区からの帰り道、大きな広場で宗教集団があちこちで祈っていた。トランス状態の人もいて、かなり怪しい宗教かと思ったがキリスト教だそうだ。








2008/7/31 Maronderaのスーパー店員


ジンバブエの多くの町と同様にMaronderaでも停電・断水ばかりだ。モノも乏しい。スーパーには少量の洗剤や野菜などしかなく店員は暇そうだった。Maggieは日本人に興味津々で話してくれた。この日、自炊ができない旅行者の夕飯は、バナナ売りから2本を買って食べたのみ。(ペットボトルはハラレで初日に買ったのみ。田舎では旅が続けられる気がせず、このあと大きな都市のみを渡ることにした。)

2008/8/1 Maronderaの母子


路上で物売りをしていたMonalisaと子供たち。
ジンバブエは近年こそ経済崩壊で貧しい国とされているが、以前は南アフリカと競うほどアフリカでは発展した国だった。ここでは裸族のような少数民族も居ず、アフリカ=原始的というイメージはない。地方でさえ、人々はきれいな洋服を着て、クツやサンダルを履いている。それは、前回のアフリカ旅行が貧しいエチオピアだっただけに意外であった。それでも、「撮られる機会のない人に写真を」という意識があるためか、何となく貧しい人を探して撮ろうする自分がいる。その是非はともかく、一番目に付く貧しさは路上の物売りたちだった。



果物を路上で売っていたKellyとその娘。
翌朝、Maronderaを去る私は大きな荷物を抱えて、前日に撮った人たちがいる場所をまわっていた。Kellyらの物売りにも写真をあげると喜んでくれた。ここでは首都ハラレのように咎められる事もなく撮れたので、調子良く20人くらいの人物を撮って写真をあげた。「写真を撮る機会がない」ので欲しい人もいる一方、単に「タダで写真をくれる」という理由で撮られた人も多いだろう。写真を渡した時の反応を見て「この人は撮ってあげて良かった」と思う時とそうでない時が正直あった。そのうちMonalisa、Kellyらは前者だった。重い荷物でふらふら歩く私を見て、とくに親しくなった人以外で運ぶのを手伝ってくれたのはKellyだけだった。とても嬉しかった。珍しく裸足で貧しく見えるためか、一層そう思った。(実際、私は一気に50mも歩けないほどの重い荷物を抱えていた・・・。)
今後、誰でも撮ってあげれば満足という意識は徐々に変わっていくことになる。

2008/8/1 花売りの男


Davisonは路上で花を売って暮らしている。