ポストカード販売準備中 ~人気投票受付中!

■フレンドリーポストカードを販売予定です!
(いわゆるチャリティポストカードです)

「旅みち」の写真を、主にインターネットにて150円で販売し、そのうち50円を現地に還元する予定です。

そこで、第一弾に使用する「パキスタン2009/6-」の写真について自分以外の意見を聞きたいと思います。お手数ですが、候補写真のうち好きなものを選んでもらえますでしょうか↓
候補写真はこちら
投票フォームはこちら

(どうしても撮影者本人の思い入れ、また途上国慣れして摩れている偏見もあるので、宜しくお願いします。結果は公表し、選ぶ参考にします。)



■以下、検討中で未整理ですが助言・コメントあればお願いします。

・還元方法(調整中)
私が再訪予定の地域のポストカードに限っては、ポストカードの本人へ還元します(本人、家族、村などに直接関わる個人・団体への寄付など)。それ以外のポストカードでは、該当地域・国へ還元します(支援団体・機関などへの寄付など)。

例1
パキスタンの難民キャンプでは、現地で活動するLiaqat氏に協力してもらい、不足物品の購入・配布。NGOへの寄付など。

例2
アフガンで足の無い物乞い少年と会ったことを踏まえ、「アフガニスタン義肢装具支援の会」への寄付など。

※いずれも各国で2、3組の寄付先を決める予定です。とりあえずの目標は年間に各組に10,000円(200枚)くらいです。
※2、3年のうちには多くの地域を再訪するつもりです。


・フレンドリーポストカードに関連して、私が「旅みち」で紹介している現地で出会った人のうち、再訪する予定の人たちへの手紙・メッセージなどを受け付け、私自身が現地に届けたいと思っています。

※多くはポストカードに使用された人になる予定です。
※具体的には、再訪予定が決まってから受け付けます。


・料金について
市販のポストカードでも個人販売している例でも、150円で売られていることが多いので、妥当だと思っています。価格に還元分を上乗せするより、多くの人にポストカードに写っている彼らを知ってもらいたいと思います。(ポストカード自体が薄利なものなので、そもそも儲かるものとは思っていません。)


・インターネット以外の販売方法
とりあえず時間があるときには、フリーマーケットなどに参加したいですね。(路上販売も!?)


・フレンドリーポストカードの意味合い
チャリティポストカードに比べ、社会貢献というより個人が個人に関心を持ってもらう目的を意識しました。(ジンバブエ人とのメル友募集と同じです。)

貧しい悲惨な状況を写した写真で同情を誘って援助を得るのも有効な場合も多くあります。一方で、笑顔で逞しく生きる姿に親しみを持ってもらえれば、彼らの苦境を放っておけなくなる、それが支援に繋がると思っているのです。また、写真を撮らせてもらっている側としては、彼らへの還元は当然であるとも思います。

※名称については、英語で用いるときに宗教色が濃い「チャリティ」という言葉を避けたかったのもあります。

mixiなどを見ていても、「自分にも何かできる」「何かしたい」と途上国や社会問題に関心を持つ人(とくに若者)が増えている気がします。匿名の募金などよりも、個人として繫がりをもてる活動・支援に興味を持つ傾向にあると思います。
個人が個人に支援する形として、Kivaの個人マイクロファイナンス、World Visionのチャイルド・スポンサーなども上手い仕掛けで非常に興味深いです。(後者は、私も会社員時代はやっていたが今は余裕が無く中断してます・・・)
私はフォトグラファーとして自分のできることを、探して行きたいと思います。


とは言え、結局、優れた写真であれば、より多くの人に見てもらえるし、買ってもらえます。フォトグラファーとしては良い写真を撮ることに精進する、それに尽きるのです。

【随時更新】ポストカード販売準備中 ~途中経過

ポストカード候補写真の人気投票途中経過「パキスタン2009/6」
2009/12/6開始から2010/5/11までの得票数の多い順に並べています。
なお、ここでは回答形式にあったベスト3・ベスト8の区別をしていません。

※まだ投票されていない方は、こちらからお願いします。!
※画像はクリックで拡大表示します。



  No.27  16票


  No.4  14票


  No.31  13票


  No.34  13票


  No.10  12票


  No.3   12票


  No.30  11票


  No.1  11票


  No.5  8票


  No.19  8票


  No.36  8票


  No.12  7票


  No.32  7票


  No.22  7票


  No.23  7票


  No.8  6票


  No.13  6票


  No.6  6票


  No.21  6票


  No.2  5票


  No.37  5票


  No.29  5票


  No.25  3票


  No.33  3票


  No.26  3票


  No.11  3票


  No.24  3票


  No.35  3票


  No.17  2票


  No.20  2票


  No.7  2票


  No.9  2票


  No.28 2票


  No.16  2票


  No.14  1票


  No.15  0票


  No.18  0票



第1弾 「パキスタン2009/6」(11種)フレンドリーポストカード販売

スライドショー表示/非表示

「パキスタン2009/6」の写真から選んだ11種のポストカードを販売中。2009.12.28~
人気投票結果を参考にしています。(投票は継続中。結果は次期発売に反映予定)

1セット(2枚組)¥150. 詳細はこちら ↓
撮影地
 首都からペシャワールへ自転車で向かった道中、およびペシャワール周辺
販売価格
 1セット 150円 (そのうち50円分を現地に還元!)
※1セット=同種2枚組。1枚は友人にあげるなり、誰かの手に渡ると嬉しいです!
還元方法
 パキスタン北西部の難民キャンプ、洪水被害の支援活動に貢献できる使途を検討中。
(現地NGOで活動するLiaqat氏に協力してもらい、詳細は収集金額により決定します)

只今の還元金  残高5,000円(累計10,300円)
 (2009/12/28~2012/3/3現在、206セット売上済)
 2010/4/14、すでに一部寄付済みです。

仕様
 100×148mm・ホワイトアートポスト220kg、高精細オフセット印刷(200線標準)
※ポストカードは透明ケースに入れ、丈夫な厚紙封筒で郵送します(写真)。
クリックで拡大表示します送料
 一律300円 ※1,500円以上お買い上げで送料無料!
横塚が長期不在中は代理人が発送します。
後払い制
 支払いは注文後、1年以内
※リピーターの振込手数料の負担軽減を目的としています。
※今後、アフガニスタン、アフリカの写真も発売予定。

※Liaqat氏は、現在Jalozai難民キャンプでPRDS(現地NGO)として活動中。私は2009年6月Kuand難民キャンプ訪問時に知り合い、2010年3月Jalozai難民キャンプ訪問時にもお世話になりました。(「旅みち」関連記事

※画像はクリックで拡大表示します。


ラワル ピンディの鉄工所にて、鉄材を運んでいた男たち。どこの国でも肉体労働者は陽気で優しい。私の好きな連中である。(「旅みち」関連記事

 「鉄工所の男たち」 Pakistan 2009.6.9



ラワル ピンディからペシャワールへ自転車で向かう1日目。少年たちのクリケットを見ていたら、好奇心のある女の子たちが寄ってきた。イスラム教国であるパキスタンで初めて女の子にカメラを向けた。(「旅みち」関連記事

 「少女たち」 Pakistan 2009.6.10



ラワル ピンディからペシャワールへ自転車で向かう2日目。ひまわり畑に目を奪われてAttock近郊の農場へ立ち寄った。経営者のAdilさんは魚の養殖や養鶏まで手広くやり、親族以外にも住み込み従業員を雇っている。この辺りは貧しい小作人が多いそうだ。(「旅みち」関連記事

 「ひまわり畑」 Pakistan 2009.6.11



ラワル ピンディからペシャワールへ自転車で向かう3日目。Gharshin Stopという停留所の近くにある煉瓦工場にて。炎天下の中、黙々とレンガを積み続ける男たちがいた。(「旅みち」関連記事

 「煉瓦工場の男」 Pakistan 2009.6.12


人気1位!(2010/4 現在までの売上数)
※手紙受付中!(2010/2 終了)
ラワル ピンディからペシャワールへ自転車で向かう3日目。Gharshin Stopという停留所の近くにある煉瓦工場にて。煙突の裏で遊んでいた子供たちのうち、一人だけ女の子がいた。青い服が印象的な美少女だった。(「旅みち」関連記事
              ※ 2010/4に再訪問しました!

 「青い服の少女」 Pakistan 2009.6.12


※手紙受付中!(2010/2 終了)
ペシャワール旧市街、モハラジャンギ通りの金具屋にて。笑みを浮かべるAbbokir君。まだ5歳児である。(「旅みち」関連記事)            ※ 2010/4に再訪問しました!

 「微笑む男の子」 Pakistan 2009.6.18



ペシャワールの野菜市場にて。市街中心部でも爆弾テロ事件が起こっているせいか、客は少なかった。ここでは少年たちが一人で店に出ている姿が目立った。なぜか働く子供は輝いて見える。(「旅みち」関連記事

 「野菜売り」 Pakistan 2009.6.19


※手紙受付中!(2010/2 終了)
ペシャワール郊外、Kohat Road沿いにあるスツール工場にて。父親でも師匠と呼ぶ職人たちが手を真っ黒にして働いていた。10歳くらいの子供も多く、学校へ行かない子供も少なくない。(「旅みち」関連記事
         ※ 2010/4に再訪問しました!

 「少年工」 Pakistan 2009.6.22



ペシャワール旧市街の中心バザールQissa KhawaniからYadogar Chowk方面を望む。夕方、家路に向かう人々の中、荷馬車に載せられた子供がいた。買い物でもしている親を一人で待っているようだった。(「旅みち」関連記事

 「ペシャワールの街角」 Pakistan 2009.6.22



ペシャワールのCinema Rdにて。荷馬車で運び屋をするSharonn Khanさんと自慢の馬である。中古エンジン屋が集まる一角で、馬車に荷物が積め込まれていた。(「旅みち」関連記事

 「馬車を引く男」 Pakistan 2009.6.25



ペシャワールのCinema Rdの西外れのプール(濠)にて。ここでは最高気温の6月平均が40度を越える。水遊びは子供たちの一番の楽しみのようだ。(「旅みち」関連記事

 「飛び込み」 Pakistan 2009.6.26





パキスタン再訪問の手紙募集 【2010/2】

「旅みち」で出会った人に手紙を書いてみませんか?

2010/3/1からのパキスタン撮影旅行にあたり、再訪問予定の人々への手紙を受け付けます。
彼らは、日本人が自分たちに興味を持ってくれていることを素直に喜んでくれると思います。
それらは彼らの一生の宝物になるかもしれません!

ぜひ、ペンフレンド感覚で参加して頂ければと思います。

内容は、簡単な挨拶や質問、自己紹介くらいでも十分です。
あなたや家族の写真、日本の写真などを同封すると、とても喜ばれると思います!

※英語でお願いします。(もちろん現地語は大歓迎!)
※受け手が英語を読めない場合が多いので、現地にて英語から現地語に訳して貰う予定です。
※写真以外でも手紙に同封できる物であれば受け付けます。


個人が特定できるフレンドリーポストカードの人物で、今回再訪問が決まっているのは以下になります。

・「青い服の少女」(2009.6.12)
・「微笑む男の子」(2009.6.18)
・「少年工」(2009.6.22)

※その他の人物は検討中。要望があれば敢行します。(「ペシャワールの街角」(2009.6.22)の少年以外は住所・勤務地などから再会可能だと思っています。)
※フレンドリーポストカードの人物以外でも多くの人に再会しそうです。お問い合わせ下さい。
※いずれも現地の事情によっては再会できないことも有り得ます。ご了承ください。



問い合わせ・申し込み
※申し込み後に手紙の送付先などを連絡します。
※手紙を受取る期限は、2010/2/27必着とします。(それ以降は次回の訪問で検討します。)

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2010/2/27追記

5人の方から計8通をお預かりしました。
ありがとうございます!

3~5月の滞在中、どのタイミングで訪問するか未定ですが、責任をもって届けたいと思います。
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2010/4/14 還元金、約5300円分を寄付

■フレンドリーポストカード還元金の5,000Rs(約5,300円)を「青い服の少女」Khastalalaとその兄弟の居住環境の改善の目的で寄付をしました。
(還元金は2010年4月現在5,650円。残金350円は繰り越し)



実は彼女ら家を案内されるまでは寄付をする気はありませんでした。Mualimさんは、厳しい肉体労働とは言え、レンガ会社から週に5,000Rsを支給されています。この収入は決して貧しい方ではなかったのです。彼によれば、他の親族への支援などの不定期の出費が多いそうです。余計なものを持たないのは遊牧民の性質なのかもしれません。

具体的な使い道は、レンガ工場と取引をしているAziz Gulさんを通して連絡する予定です。

フレンドリーポストカードは、できるだけ個人が個人に関心を持てる関係を目指していて、一般の募金など受ける側の顔が見えずらい支援とは異なるものと考えています。
(もちろん、実際に人々を救っているのは、募金などの支援ですね。)

そもそも、売上げがダントツであった「青い服の少女」は(少なくともその分は)得る権利があったのだと思っています。

(蛇足ですが、もしKhastalalaに寄付しなければ、毎日の治療のため難病の息子をMission Hospitalに連れて来る家族に寄付するつもりでした。たかが5,000Rsも治療代5ヶ月分になります。こうした患者への政府の支援は一切ありません。)

関連記事「旅だより~ 2010/4/14 『青い服の少女』への手紙渡し」



■わずか5,000Rsでできること・・・

ボールペン、1,000本(5Rs)
バナナ(小)、1,000本(5Rs)
屋台のかき氷(小)、1,000杯(5Rs)
パン(ローティ、小)、1,000枚(5Rs)
食堂での夕食、~100食(50Rs~)
ベッド、2台(2,500Rs)
小麦、170Kg(30Rs/kg)

※物価はペシャワール基準での目安です。


5Rsのボールペンを子供1,000人に、という配布はできるだけやりたくありませんでした。写真を撮って渡すという経験から納得のいく配布ができる気がしなかったからです。タダなら誰だって(何本でも)欲しいのです。

実際には、ペンを本当に必要なのに買えない人に私は出会っていません。物乞いだって、1日200Rsを稼げます。難民キャンプではUnicef等が支給してくれます。
(日本製のペンを50人に配るなら、違った意味でも喜ばれる思います。)

貧しい人はいくらでもいます。1日200Rsとは最低限の暮らしです。一言でいえば、政府の生活保護のないパキスタンでは、イスラムの喜捨がセーフティネットになっているわけですね。(逆に、路上での床屋、物売り、靴磨き等、仕事があっても最低限の収入しかない人たちも実に多いのです。)

ぜひ国際機関・NGO等の活動内容を精査し、思う存分に募金をして下さい。
「旅みち」でも出会った団体を少しでも紹介できればと思います。

(本当は、小生の海外渡航の費用を全額寄付に回せば世のため人のためなのでしょうが、エゴがそうはさせてくれません・・・)

2010/4/1 「少年工」への手紙渡し

現地からの報告「旅だより~ 2010/4/1 『少年工』への手紙渡し」の続きです。



ペシャワール郊外、Kohat Rd沿いにある小さな鉄工所はすぐに見つかった。作業員が少なくなったようで、前回唯一カタコト英語が話せたHaj Rehmen君も職場を去っていた。そんな中、「少年工」のZiaullhaq(Ziaelhuq)君(写真右)を見つけることができた。



彼らへの2組の手紙のうち、英語で書かれた1組はSajjad Khanさんにウルドゥ語に訳してもらった。私の印象では、英語を話せる人は10人に1人いるかどうかだ。



今回は最も懸念していたのは言葉の壁であったが、これまた運良く英語を話せる人を見つけられた。隣の鉄工所のオーナーAltaf Khanさんだ(写真左)。彼には「日本からのNGOか?」と間違われたが、去年の話から説明をして理解してもらった。
あらためてZiaullhaq君(写真右から2人目)を連れてきてもらい、写真と手紙を渡した。近所の鉄工所の男たちが集まってきて、少年は照れつつも、目を輝かせて喜んでくれた。今まで手紙をもらったことすら無かったのかもしれない。 手紙に同封してあった折り紙の鶴は評判が良く、膨らませ方を教えると大人たちが夢中になって息を吹き込んでいた。
途中、Naeem君(17歳、写真右)が学校から帰ってきて再会することができた。

■Ziaullhaq(Ziaelhuq)君(12歳)
9、10歳の頃からここで働き、学校へは一切通っていない。週に200Rs(食堂の食事3~4回分の金額)を稼ぐ。彼以外の兄弟(7人)姉妹(1人)はいずれも学校へ行っている。
父はアフガニスタン首都カブールの病院で働く(医者とか専門職ではなく、月収6000Rsしかないそうだ。この額は物乞いでも稼げるくらい最低レベルの収入)。

「将来は自分の店を持ちたい」と師匠から仕事を学ぶ毎日だ。鉄工所(というか小さな町工場)は去年より従業員が減り、この日は彼を含め3、4人しか見られなかった。彼も積極的に仕事を任され、私が写真を撮ることもあり、特に張り切って働いていた。

■Naeem君(17歳)
去年、13、14歳くらいだと思っていたが、今回会うと大人っぽくなっていた。実はこの鉄工所の店主の長男だそうで、将来は店を継ぐようだ。学校にも通っていて、私が訪問中にちょうど下校してきて再会できた。わずかだがカタコトで英語もわかる。



手紙の返事を書いているZiaullhaq君の手だ。12歳の子供の手にはとても見えない。立派な労働者の手である。



作業員が減った分、Ziaullhaq君も重要な戦力として働いている。去年よりも随分と逞しく見える。



溶接をするNaeem君とZiaullhaq君。



近所の店の少年Chara君(8歳)。



食事をするZiael君と師匠のAzeem Khanさん(写真左)ら。



Naeem君とZiaullhaq君からの返事の手紙とペン。(日本の手紙の送り手の「小さな子供に」とペンを2本くれた。)

手紙は何とか英語で書いてくれた。下半分を書いたNaeem君は「My teacher is Azeem Khan」と、自分の父親を「teacher」(師匠、先生)と呼んでいる。

パキスタンでは学校に行かずに働く子供がとても多い。(それ以上に、学校に通いながら午後から働く場合が多いようだ。) 色々と話を聞くと、学校に行かない理由は貧困だけではないようだ。確かにゴミ拾いや物売りをする子供たちは、家計を支えるために働かざるを得ない場合が多い。一方、靴や服飾、木工などいわゆる職人の元で働く少年たちは少し異なる。「若いうちから手に職をつけないと、将来仕事がない」ので働かせているのだと言う。パキスタンは治安だけでなく経済も冷え込んでいて、大卒者すら仕事が少ない。(イギリス等への留学・求職を望む学生が実に多かった。)
学校へ行かないことは、彼らの可能性・選択肢を狭めていることは確かだろう。そうして大人になった職人たちはアラビア語のコーランを読むこともできないし、もちろん英語なんて話せない。しかし、一人前になれば公務員などよりずっと稼げる人が多い。そういう社会なのである。
だから、「学校に行っていない」=「かわいそう」だとは思わない。働く子供たちの方が礼儀正しく、躾けられているので好感を持っている。そして何より、彼らはとても生き生きとしていて、私には輝いて見えて仕方がないのである。

次回があるとすれば、「少年工」たちが一人前の職人になり、彼らの弟子を指導する姿を見てみたいと思う。

※ 画像をクリックすると拡大します。



2010/4/3 「微笑む男の子」への手紙渡し

現地からの報告「旅だより~ 2010/4/1 「『微笑む男の子』への手紙渡し」の続きです。



3/29にAbbokir君に再会し、4/3にようやく手紙を渡した。前回訪問時は幼児という印象もあったが、背も伸びてすっかり少年に見える。今は6歳になった。(関連記事
写真左は前回もいたHadid Ullah君(16歳)。Abbokirの父の弟になる。去年学校をでて、この店(Abbokirの父Muhammadさんの店)を手伝っている。



手紙を渡され、折り紙の孔雀を手にとって笑顔を見せるAbbokir君。



Abbokir君にとっては、日本からの手紙と言われてもピンと来ないのだろうが、父親Muhammad Ullahさん(写真右、27歳)や伯父Roohullahさんら大人が歓喜した。(それを見たAbbokir君も得意げな様子だった。) 彼への手紙は1通だけだったが、その手紙の主である日本人女性の名を覚え、「次回は是非、連れて来てくれよ」と何度も言われた。
写真は、手紙の返事を書くAbbokir君と父親のMuhammadさん。(もともと彼らはアフガンのKapisa出身でMuhammadさんの両親がペシャワールに移ったそうだ。)



ウルドゥ語で書かれた返事の手紙。



Hadid君とは兄弟のように仲が良い。



従兄妹のHanif君と近所の友達Attaullah君(ともに10歳)。



今回の手紙渡しで最も近場にいるAbbokir君だが、3/23にペシャワールに来てから渡すまでに随分と日が経ってしまった。彼らの店のある場所は旧市街の目抜き通りKissa Khwaniに近い路地モハラジャンギにある。前回訪問時からの顔見知りも多く、今回も毎日のように通った道だ。はじめにAbbokir君を見つけて店へ行ったのは3/29の夕方で、翌日に写真を渡す約束をした。しかし、当日の朝にAbbokir君が店内で転んで頭を縫うを怪我してしまい、しばらく会えなかった。店では血痕もあって心配したが、4/3にようやく元気な姿を見ることができたのだった。写真は、縫った跡を私に見せようとガーゼを取る父MuhammadさんとAbbokir君。



父に遊んでもらうAbbokir君。



4/6撮影。彼らのシューズ・マテリアル店(金具・靴材料屋)。辺り一帯には同じような店が並んでいる。



4/6撮影。近くの店の子Shoaib君(5歳)とは仲良しである。



4/6撮影。Abbokir君の伯父であるRoohullahさん(写真後ろ)は、とても陽気な人で、いつも冗談ばかりを言っていた。英語をカタコトで話せるのだが、通行人を指差して「What a beautifull マシコーレ!」(「マシコーレ」とはロバの子供の意らしい!?)等と言ってからかい、子供たちと一緒になってはしゃいでいた。(Abbokir君が頭を怪我したときも冗談ばかりを言っていて、本当なのかが信用できなかったくらいである。)



4/6撮影。お茶を沸かすHadid君。(パンジャブではインド同様にチャイ(紅茶)が一般的であるが、パシュトゥン人にとってお茶と言えば、カワという緑茶である。) Hadid君は、私が風邪ぎみのときにすぐに薬を用意して飲ませてくれたり、とても気が利く青年であった。



4/6撮影。父の商売でアフガンのPaktiaから来ていた少女。
一緒に昼飯を食べた後、帰路についた。



4/6撮影。この日のAbbokir君は、目の周りに黒い化粧(?)をしていた。(服は、フレンドリーポストカードの写真と同じである。)



4/6撮影。



4/17撮影。この日はAbbokir君の姿が見えないと思っていたら、奥で昼寝をしていた。学校から帰ってそのまま寝ていたらしい。



4/17撮影。近所の子供とふざけ合い。



4/19撮影。



4/19撮影。隣の店にて。いつもは伯父Roohullahさんと笑い転げているAbbokir君だが、ふと見せる真剣な表情は大人びている。



4/19撮影。



4/19撮影。



4/19撮影。



4/19撮影。



4/19撮影。近所のAbbokir君らとは家族同様の付き合いをしているNabigulさん(34歳)と息子のKashif君(10歳、Abbokir君と同じ学校の3年生)。同じくシューズ・マテリアル店を営み、釘などを売っている。この店は小さく1日に400Rsほどの利益だが、Abbokir君のところは500~1,000Rsにもなる。



4/19撮影。皆で昼食をとる。



4/19撮影。



4/19撮影。食後のカワの茶葉を買いにお使いに行くAbbokir君。



4/19撮影。買い物に向かった先は、私が前回訪問時から親しくしているHabibさんの駄菓子屋だった(関連記事)。確かに近所であり、なんら不思議ではないのだが、別々に知り合ってできた親友同士が実は友人だった、みたいな面白い気分だった。店番をするのはHabibさんの弟Azizさん。

この日は珍しく一日中晴れていたので、Abbokir君の写真もたくさん撮った。そして、この夕方に近くの目貫通りQissa Khwaniでの自爆テロが起きたのだった。(関連記事



4/22撮影。止まっている自転車にまたいで遊ぶAbbokir君。



4/22撮影。「また、転んで怪我するなよー」と、やんちゃ坊主に冷や冷やさせられた。
この日はペシャワールを去る前日で別れの挨拶に立ち寄った。日本という国がどのくらい遠いかも分からないAbbokir君は、「またね~」という軽い感じでバイバイと手を振ってくれた。
このとき、同じ国を再訪問するメリットに一つ気づいた。別れる際の「さよなら」を、「また次も再会できる」という期待をもって言えることだ。現実的に深く考えるとやはり寂しくなってしまうので、私もあっさり挨拶して別れるように努めた。

Abbokir君の不在のときも含め、この店には10回以上は訪れた。この旅で最も多くカメラを向けたのは間違いなくAbbokir君だった。

※ 画像をクリックすると拡大します。