アラブ首長国連邦(UAE)2010/3- 基本情報


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アフガニスタンの治安の悪化で日本大使館から即日退去の指示を受け、カブール(Kabul)からドバイ(Dubai)にやって来た。まったくの想定外である。(戻る予定の)パキスタン行きの便が、その日にカブールから出ていれば、ここへ寄ることはなかった。

ドバイといえば、世界一高いビルがある金持ちの国、最近はドバイ・ショックで一時の勢いがない、ということしか思い浮かばなかった。
実際に訪れて、東京並みに高い物価とビル群に目を奪われた。現地で働く人・観光客もがアラブ人以外のアジア人・アフリカ人と多国籍なのが印象的だった。結局、私が興味を持ったのは、ドバイにいるパキスタン人ら出稼ぎ労働者たちであった。
関連記事「旅だより~ 2010/3/22 ドバイの出稼ぎ労働者」



■期間 2010/3/20 - 2010/3/23
3/20 - 3/22Dubai(ドバイ)
3/22Sharjah(シャールジャ)
3/23Dubai(ドバイ)


-----以下、パキスタン、アフガニスタン、UAEを通しての情報-----
■期間 2010/3/1 - 2010/4/27
■費用 滞在費¥42,400
      内訳 パキスタン(3/1 - 3/16、3/23 - 4/27) ¥27,000
          アフガニスタン(3/16 - 3/20)     ¥1,200
          ドバイ(3/20 - 3/23)        ¥14,200
 
     現地航空券¥42,000
      内訳 カンダハール⇒カブール ¥5,600
          カブール⇒ドバイ     ¥18,900
          ドバイ⇒イスラマバード ¥17,500

     往復航空券(羽田 - カラチ)¥103,640 ※現地出国税等を含む
■カメラ機材
ボディ  Canon EOS5D MarkⅡ ※バッテリー5個、CF計144GB、充電器
レンズ  EF24-70 F2.8L USM
      EF75-300 F4-5.6 IS USM
ストロボ 580EX Ⅱ
■プリンタ
  Canon SELPHY CP750 ※バッテリー2個、専用インクカセット・用紙200枚分
■ノートPC
      Aspire Timeline 4810T ¥50,900
■資料
      地図(Afghanistan)、語学本(ダリー語 2冊、ウルドゥ語 1冊)
■その他
      変換プラグ、延長コード、カードリーダー など

2010/3/21 ドバイ


6/20夜、ドバイの空港から街へ出るのに、バス停で乗車拒否され(バスターミナルで売っているバスカード(20Dh=約500円)が必要で、現金では乗れない)、道端で困っていると、パキスタン出身のYounas Aliさん(写真)とRaj Ajimalさんが車で拾ってくれた。私がパキスタンの国民服(シャルワール・カミーズ)を着ていたので、声をかけてくれたのだ。
安宿があると聞いたDeira市で、一緒に宿を探してくれたが、周辺のホテルは低価格でも300~500Dh(約7,500~12,500円)もした。結局、Ajimalさんのいる出稼ぎ労働者のアパートの一間を借りることにした。(2畳ほどにベッドがあるだけの部屋。3泊で500Dh=約12,500円)
この地域(Diera市Hor Al Anz地区)はパキスタン、インド、バングラディシュの出稼ぎ労働者ばかりが住んでいて、どこでもウルドゥ語が通じるそうだ。

借りたアパートにはロシアやウズベキスタンから出稼ぎに来ている娼婦たちが多く居た(年齢は主に30代)。皆で故郷の料理を作ったりと楽しそうな姿もあった。日本人の接待客にも慣れているのか「コンニチワ」と挨拶できる子もいた。Ajimalさんと親しい女性が、私の洋服を洗濯してくれて助かった。彼女らと部外者が話すことは「彼女らのオーナーが嫌がる」と言われ、撮影はもちろん殆ど話も聞けなかった。

写真は、3/21午前Muteena Parkにて、バスターミナルまで私を案内してくれたAliさん(42歳。12歳と6歳の娘あり)。彼は1988~1993年まで日本で働いていたので、英語はダメだが日本語が少し話せる。この日の午後は職を探しに、知人の会社を回るそうだ。
大家族で育ち、家族を大切にするムスリムたちには、単身の出稼ぎは辛いはずである。
関連記事「旅だより~ 2010/3/22 ドバイの出稼ぎ労働者」

それにしてもドバイは蒸し暑い。日本の夏のようだ。
私は都会にはあまり興味が持てず写真を撮る気にならない。前日の朝まで居たカンダハールとのギャップに、気持ちが切り替えられなかった。



暇つぶしに一人で歩いて世界一高いビル、ブルジュ・ドバイ(Burj Dubai)を目指した。車社会であるDubaiでは歩行者の導線は考えていないようで、ハイウェイを横断するのに数キロも迂回することもあった。(とはいえ、パーキングも高く(1時間10Dh=約250円)、多くの人が車を持てるわけではない。金持ち以外は住みづらい印象だ。) 一般の観光客はバスか地下鉄(モノレール)を使うので問題ないようだ。とにかく工事中のビル、道路が多い。
写真はBurj Dubaiの隣にある複合商業施設Dubai Mallにて。



同じくDubai Mallにて。アラブ系のほか、黒人や白人、中国系のアジア人も見かけた。
こういう気持ちの入っていない写真は、我ながらがっかりする。



ブルジュ・ドバイ(正式名称は、ドバイショック後に資金援助をしたアブダビ国王の名を付けたブルジュ・ハリファに変更)。展望台には100Dh(約2,500円)で上れる。



3/22撮影、部屋を貸してくれたAjimalさん(26歳)。彼は車があり、ドライバーとして稼げている(中古車10,000Dh=約25万円で個人で3,000Dh/月ほどを稼ぐ。タクシーの場合、会社に375Dh/日を納めるそうだ。)
この日は、彼の車が調子悪く、ドバイの東隣、シャールジャ(Sharjah)の自動車修理工場へ行くのに付き合った。
ドバイからシャールジャにタクシーで入ると20Dh(約500円)の税金がかかるので、わざわざ乗り換える人が多い。



3/22撮影。シャールジャの工業地区No.10にて、Ajimalさんの友人Aasimさん(写真左)らの部屋を訪問。皆、ペシャワール出身のパシュトゥン人だそうだ。10人で2,100Dhの部屋を借りている。10人中は5人は無職で、残りの人(皆ドライバー)も、不景気で5,000Dhから2,000Dh程度に収入が減ったそうだ。



3/22撮影、Aasimさん。集合住宅には同じような労働者が集まっている。

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翌3/23朝、お世話になったAliさん、Ajimalさんと別れて、空港へ。再びパキスタン(イスラマバード)へと向かった。旅はパキスタンへと続く・・・