スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

インド2010/7- 基本情報

本日より、昨夏のインドでの写真の一部を紹介していきます。

「インド2010/7-」に関する記事の雑誌への寄稿
 ・ ロータリーの機関誌(日本版)「ロータリーの友 2011年2月号」
  記事『インドの遊牧民・定住しない人々の現在』が掲載されています。

旅の感想はこちら
 関連記事「旅(2010夏)の雑感」


 推計人口が12億とされるインド。2010年4月から10年に一度の国勢調査が行われている。前回2001年の調査で、人口10億2,702万人。宗教はヒンドゥー教徒80.5%、イスラム教徒13.4%、その他にキリスト教徒、シク教徒、仏教徒、ジャイナ教徒などが続く。民族はインド・アーリヤ族、ドラビダ族、モンゴロイド族等で、その混血も多い。言語としては、連邦公用語であるヒンディー語、州の言語が21あるほか、1万人以上の話者のいる言語の数を114言語としている。その他、方言としては1,600以上になるとも言われる。あらためて基礎情報をながめると、インドという国が実に複雑な多民族国家であることが伺える。実際にこの国を訪れた人は、多種多様な人間がいることを肌で感じることだろう。

 2008年冬のインド東部(「インド2008/12-」)に続いて、今回2010年夏は北西部を自転車で旅した。広大な国土のごく一部を回ったに過ぎないのだが、現地の人の暮らしぶりを間近で見てきたつもりだ。
 (学生時代に観光客として)インドにはじめて訪れた90年代後半と比べ、とくに生活水準は上がっている印象を持った。(2008年冬で訪れたときは貧しい地域が多かったせいか、今回ほど感じなかった。) 一般に、地方でも安価な日用品は出回り、多くの人が携帯電話も持っている。一見、中流が増え、貧富の差は目立たなくなった気がする。そんな中、明らかに暮らしぶりの差が見られたのは住居だった。私が興味を持ったのは、テント暮らしの人々だ。彼らの多くは非定住・半定住である。今回の自転車旅行は、インド北西部のテント暮らしの人々を追った旅でもあった。

 多くの街で見られるテント集落は期間労働者のものだ。彼らは道路建設現場などの単純労働者として1ヵ月、半年など決まった期間だけ雇用される。定住してスラムとなっていることも多い。
 インド北西部で目立つのは、レバリ(畜産を営むカースト)など遊牧民だ。Rajasthan州などの乾燥地域に住む者は、一年の大半を占める乾期には牧草地を求めて遊牧をしなければならない。雨季は地元で過ごす半定住が多く、その間は農業を兼業する。
 その他、ガドゥリア(ガディア)・ロハールという鍛冶職人も荷馬車で移動し、仕事のある村でテント暮らしをしている。彼らはテント周辺で鍛冶職を営むのですぐ判る。
 テント暮らしではないが、屋外で寝泊りしている労働者もいる。24時間営業のガソリンスタンドや食堂などの従業員は屋外の床や簡易ベッドで寝ていた。(暑い夏場は屋上で寝る家庭もあり、屋外で寝ること自体は特異なことではないようだ。)

 こうした非定住の人々、働く少年たちは学校へは行かない場合が多い。遊牧民や鍛冶職人の子供たちは将来の生業を日々学んでいる。とはいえ、産業構造の変化を見ていると彼らの子供すべてが、親の仕事を継ぐとは思えない。(その場合、単純労働者として働くことが多いだろう。)
 近年、政府の意向で非定住者の定住化は進んでおり、それに伴い学校教育を受け始める者も増えている。経済発展を続ける中で、インドの多種多様な人々の暮らしがどのように変わっていくのか、今後も興味が尽きない。


■期間 2010/7/20 - 2010/8/24

■費用 滞在費¥17,000
     往復航空券(成田 - デリー)¥82,000 ※現地出国税等を含む

■カメラ機材
ボディ  Canon EOS5D MarkⅡ ※バッテリー4個、CF計144GB、充電器
レンズ  EF24-70 F2.8L USM
ストロボ 580EX

■プリンタ
  Canon SELPHY CP750 ※バッテリー1個、専用インクカセット・用紙200枚分

■折り畳み自転車
 コーナンの安物¥8,800 ※パンク修理一式、ポンプ、チューブ1個、キャリアバッグ



スポンサーサイト

【2010/7/21 デリー近郊のゴミ回収屋】

デリー南部にある国際空港から折畳み自転車で出発。(空港周辺は前回2008年冬も走っており、同じ店に入ったりする楽しみもできた。)



南へ1時間近く走り、Gurgaon手前にあるゴミ回収屋で休憩した。オーナーのChandni Singhさん(写真右)。



リサイクルされないゴミが敷地内に山積みになり、その場で焼却されていた。
店の利益は月に200,000Rs(約40万円)にもなるという。



従業員のビー・ドゥッドゥさん(写真左、ベンガル出身)。妻タティクさん、息子のバーシュデブ君(3歳)、サントゥヌ君(1歳)と一緒に住み込みで働いている。

※ 画像をクリックすると拡大します。



【2010/7/21 デリー郊外、幹線道路沿いの風景】


デリーに牛乳を運ぶバイクの青年。自転車の外国人に興味を持ち、私に声をかけてくれた。



大雨の影響で幹線道路も一部水没。かなり走りづらい。






郊外でよく見られた羊の放牧。






バスやオートリキシャが集まるDharuhera。




※ 画像をクリックすると拡大します。



【2010/7/21 鶏肉屋の息子】


父親と一緒に店番をしていたRaj君(5歳)。 鶏はその場で(写真左奥の台で)裁いてくれる。

※ 画像をクリックすると拡大します。



【2010/7/21 長い上り坂】


デリーの空港を出発して5時間。平坦な道から、ちょっとした山道になり、自転車を押して歩いた。ここで製粉機(?)を運んでいた2人組みと出会う。



峠に着いて、木陰で一休みするパブルさん(写真左)とノーレー・シンさん。

※ 画像をクリックすると拡大します。



【2010/7/21 食堂の人たち(1)】


ようやく見つけた食堂にて、汗だくの料理人。



今後、毎日のようにお世話になるダル(豆)のカレー。庶民の味だ。これで34Rs(約70円)。この旅行中、ムスリムの多い町以外では、肉があるレストランはほとんど見かけなかった。

※ 画像をクリックすると拡大します。



【2010/7/21 食堂の人たち(2)】


昼の客が減ってくると夜のための仕込みが始まる。玉ねぎの皮を剥いていたムケース君(写真左)とビッスン君。



氷を手にするアンディヨルバーン君。甲高い声が印象的だった。

※ 画像をクリックすると拡大します。





  
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。