ジンバブエ2008/10- 基本情報

7月末から8月上旬に滞在したジンバブエ。ここから帰国することが決まっていたので再び戻ってきた。ザンビアでコレラで入院して以来食欲が無く、体調が万全でないこともあり、すでに帰路の途中という感はぬぐえなかった。それでも2つの目的があった。一つは7/30に撮ったAugustineらに再会して写真を渡すこと。もう一つは、Masvingoで親友となったPrideと再会するという約束を果たすことだ。後者は、彼の母が病気になった事情で叶わなかったが、帰国後も頻繁に連絡を取り合う大親友となった。

ハイパーインフレ、食料不足はさらに悪化していた。(ジンバブエ関連の記事参照。)2ヶ月前に5000円の価値があった札束が、たったの5円にしか値しない。毎日1割のインフレ率。バナナの値段が数日で倍になった。そんな異常な世界でも見る限り治安は保たれ人々は静かに耐えている、そんな印象だった。もっとも私が今回見たのは大きな都市のみで、ニュース映像では飢えながら配給にならぶ人々の様子を見ることがあった。

多くの日本人は関心が低い。きっと、問題の多いアフリカ諸国の一つとしか思えないのだろう。しかし私にとっては、最重要国の一つになった。出会った人、友達がいる国である。実際に足を踏み入れた者の当たり前の感情だろう。何でも良い。関わりを持って興味を抱くしかない。そうやって自分の世界地図を拡げていくしかないのだと思う。



-----以下、ジンバブエ、南アフリカ、ナミビア、ザンビアを通しての情報-----
■期間 2008/7/28 - 2009/10/17
■費用 滞在費¥300,000 往復航空券¥221,900 ※燃料税含む

■カメラ機材
ボディ  Canon EOS3 ※電池、フィルム100本 ←南アの空港だけはX線逃れらず
      Canon EOS40D ※バッテリー4個、CF計48GB、充電器
レンズ  EF17-40 F4L USM
      EF50 F1.2L USM
      EF75-300 F4-5.6 IS USM
ストロボ 480EZ
■プリンタ
  Canon SELPHY CP750 ※バッテリー2個、専用インクカセット・用紙1000枚分
■その他
      変換プラグ、延長コード など
■現地調達
      変換プラグ(南ア専用)

2008/10/10 ムバレ再訪(1)


7/30に訪れた首都Harareの下町ムバレ地区の古着の青空市場へ。当時よりさらに品物は少ない。
写真は、現地語を教えてくれた女の子Emmaculate(20歳)、Sharon(19歳)とその男友達たち。



再訪問の目的は撮った写真を渡すことだ。写真を見せて人に尋ね続け、ようやく一人Jameson(写真左)に再会できた。夫婦で古着を売っている。さすが首都だけあって、一日100~200US$も稼ぐそうだ。物不足で新品は異常な価格のため一般市民は古着しか買わないらしい。それにしても、客がたくさんいるとも思えないなか、予想以上の高収入だ。それでも食料・日用品の物価が高騰しているため、暮らしぶりは厳しい。



(7/30撮影) 中央がJameson。左はAugustine、右はOberi。








2008/10/10 ムバレ再訪(2)


記憶をたよりにAugustineの家へ。本人は不在だったが、妻Diana(写真左、40歳)らがいた。写真を渡すと喜んでくれた。
「次はいつ来るかい?」
「いつになるか分からないよ。日本は遠いからね・・・。」
そう答えるしかなかったが、また行きたいと思う。






息子も私のことを覚えていてくれた。




(7/30撮影)



(7/30撮影)

2008/10/10 Stone Artist


ムバレのクラフトマーケットにて。(相変わらず客が少なかった。)
ジンバブエといえば石が名物で、街角のオブジェ、大きな置物などのアートになっている。Raymond(26歳)はネックレスやキーホルダーになる小さい石アクセサリーをつくるアーティストだ。有名になるために技を磨いている。






彼のオリジナル作品は、「Dreamer」(閉じた目で表現)と「Secret Keeper」(片目を閉じ、片目を開けて表現)の2種類がある。いずれも抽象的な目、鼻、口が彫られている。

2008/10/15 Bulawayoの露店


オレンジ1個は2,000Z$(約15円)。翌日3,000Z$に値上げした。毎日1割ほど貨幣の価値が下がるので2、3日で値札を変えている。ジンバブエでは公務員をやめて路上で野菜・果物を売る人が増えているという。給料が現地通貨で支払われるため、実勢レートに直すと、月給数ドルにしかならないからだ。多くの学校で先生も不足している。高等教育では、先生が授業を行うのに学生たちが資金を集めなければならない状況だそうだ。






会社員を辞めて煙草売りになったTitus、33歳。一本ずつ(500Z$)のばら売りだ。彼は、Bulawayoでは少数派のショナ人(国全体では多数派)。多数派のンデベレ人とは言葉通じず、英語でやりとりする。今は民族対立よりも、ムガベ大統領の退陣、経済復興を同じように願っているようだった。

2008/10/15 SHOPRITE


南ア、ナミビア、ザンビアでもお世話になった、大型スーパー「SHOPRITE」。第二の都市Bulawayoには立派な店構えでたたずんでいた。



しかし、案の定、店内は品がなく、昼時にもかかわらず客も皆無。レジ近くのスナックと、惣菜、野菜がわずかに置いてあるだけだった。先月は石鹸しかない週があったそうだ。レジのお姉さんも暇を持て余していた。



20近くもあるレジで、使われていたのは1箇所だけだ。



店員のSujiabuliso、28歳。当然、店は赤字だが他国のSHOPRITEが繁盛しているので潰れはしないそうだ。先月の給料は20,000Z$(10/15現在の価値だと約150円)。2桁ほど間違えていないか何度も確認したが本当らしい。これでは野菜売りになる人が多いのに納得。彼は実家にいるから何とか暮らせているそうだ。

2008/10/15 行列ができる銀行


お金を下ろすために銀行に並んでいたEric(29歳、無職)。ジンバブエでは町中の銀行で行列ができている。一日一回のみ、上限50,000Z$(ATMだと40,000Z$)だけ引き出せるという政策のせいだ。人々は毎日のように2、3時間も時間を潰さなくてはならない。