2009/6/13 親日家のYousaf Irshadさん


朝、泊まったガソリンスタンドのマネージャYousaf Irshadさん(パンジャブ人)がラホールから駆けつけてくれた。ここでは入手しづらい洋風のパン(いわゆる食パン)やマンゴジャムなどを持ってきてくれた。妻や3人の子供たちもNHK衛星放送をよく見ていて、家族そろっての親日家だそうだ。わざわざ家に電話して「ほんとに日本人がきてるよ!」なんて言って喜んでいた。



「昨日のNowsheraのテロだよ」と新聞を見せてくれた。(写真左上の見出しには「12人死亡、101人負傷」と書かれている。同右は亡くなった宗教指導者と破壊される前のモスク。同中央左には、瓦礫の山となったモスクの写真。)
Nowsheraはここのすぐ先である。「ペシャワールの中心市街地とホテルでも数日前にテロがあった。これ以上、近づくのは危険だ。」と彼は私を説得した。正直、せっかくここまで来たから最後まで行きたいし、テロ現場も見てみたいと思っていた。色々な可能性を彼から聞いている最中にも、彼のケータイに「Kohat(ペシャワールの南の都市)で8人死亡」のニュースが飛び込んできて、「一刻も早く、イスラマバードに戻ってくれ!」と押し切られてしまった。いきおい彼は日本大使館にまで電話をしてしまったのだが、土曜日で休みだったので助かった。
ともかく、外国人の誘拐も多いそうで、戻るのが正しい判断だと納得した。


私は、パンジャブ人であるYousaf Irshadさんに「なぜタリバンはムスリムなのにモスクを攻撃するのか」と尋ねた。(同様の質問に対して、昨日のパシュトゥン人たちは「タリバンではなくヒンズー教テロリストの仕業だ」と答えたことも伝えると)「ヒンズー教徒がテロを起こすこともあるが、多くはタリバンによるものだろう」とした上で「彼らは一般のムスリムではなく、教義を逸脱している」と外国人が受け入れやすい回答を述べてくれた。

2009/6/13 KUAND難民キャンプ(1)


6/12撮影。昨日、NWFPに入って4、5kmのところでカブール川の対岸に難民キャンプが見えた。実は、ペシャワールまでを自転車で行く理由の一つには、内戦状態のスワット地区から避難してくる難民に出会うかもしれない、というねらいもあった。それで、イスラマバードに戻る前にキャンプを見に行きたい、とYousaf Irshadさんに駄目もとでお願いし、彼の知人で地元の役人が訪ねてきてくれた。その人の紹介で難民キャンプのマネージャの電話番号を入手し、キャンプに向うことになった。ガソリンスタンドのスタッフAkhtaraliさんが同行してくれた。



近くに橋はなく、カブール川をゴンドラで渡る。キャンプは、インダス川とカブール川に挟まれた土地にあるKUAND PARKという遊園地の敷地に設けられている。



2009/6/13 KUAND難民キャンプ(2)~キャンプ・マネージャ


まずはキャンプ・マネージャのJohnさん(写真右)を訪れたたが、彼は次から次へと医師やNGOスタッフなどと打ち合わせを行い、なかなか挨拶をする間もなかった。(もちろん、たまたま通りがかって見学したいという外国人を、中へ入れてくれただけでも大変ありがたいのである。)


Johnさんへ手短に質問をし、以下の情報を得た。
スワット地区などで行われているタリバンと政府軍の内戦によって、何百万人もの住民が避難を強いられ、全部で30の難民キャンプに200万人が避難している。その他、多くの避難民は親戚の家などに逃れている。
ここKUAND難民キャンプは、6月5日に開設されたばかりで今日までに約2,000人(357家族、テント1,000張)を収容し、日々増えている。3ヶ月で7,000人になる見込みだそうだ。
当キャンプは、通信会社Mobilinkの寄付で成り立ち、自ら運営までも担っている。その他WFP、UNICEF、UNHCRから物資の援助を受け、NGOも参加している。現在、施設を拡大させる段階で、簡易住居・トイレ・水道施設を建設している。

難民キャンプという公共性の高い事業が民間企業によって成されていることが新鮮だった。「パキスタンでは、政府は軍事ばかりに金を費やすのでとても貧しく、民間の方が豊かだ」と現地人から聞いたのを思い出した。







当キャンプのSocial OrganizerであるLiaqat Aliさん(「BEST」というNGOのスタッフ)。一日10時間勤務で住まいのペシャワールから通勤している。カラチのトヨタで勤めていたこともあり、いくつかの日本語を知っていた)。彼が施設を一通り案内してくれた。

※2009/10/2現在、Liaqat Aliさんにメールで現況を問い合わせ中。分かり次第追記予定。

2009/10/20 追記

Liaqat Aliさんから返信があったが、現在はJalozai難民キャンプで超多忙なため後日、詳細を回答してくれるそうだ。

【Jalozai難民キャンプ】
ペシャワールの南東35kmに位置し、パキスタン最大のキャンプの一つだそうだ。80年代のソ連のアフガン侵攻以来、たくさんのアフガン難民が押し寄せている。2001年のタリバン崩壊後、多くの難民が帰還していき、一旦は閉鎖されていた。パキスタン北西部のタリバンと国軍の戦闘が始まってからは、国内避難民が当キャンプに押し寄せている。

参照
UNHCRニュース 2009.2.11
 「パキスタンにおける避難民の大移動が深刻化:ジャロザイ避難民キャンプの人口増加」
AFP BBNews 2009.7.6
 「パキスタン緊急支援:2カ月で避難民の数は約200万人に」


2009/10/23 追記

Liaqat Aliさんからの追加情報(10/22のメールより)

「現在は、スワット地区の90%は内戦状態から解除され、Kuand難民キャンプの全ての避難民は、地元に帰還している。一方、10月15日からパキスタン軍は南ワジリスタンでの軍事作戦を開始し、多くの家族が難民キャンプに避難している。Bajaur管区、Mohmand管区。Khyber管区でも軍事作戦が行われ、Jalozai難民キャンプ(現在Liaqatさんが勤務中)では3万の家族、9万人が避難して暮らしている。さらに多くの難民がやってきて日々登録者数が増えている。」

現在、Liaqatさんは、PRDS(Participatory Rural Development Society)というNGOのプログラムオフィサーとして、Jalozai難民キャンプの運営活動に参加しているそうだ。

※スワット(Swat)地区はNWFP(北西辺境州)の北部にある地区。観光地でもあった。
※Bajaur管区、Mohmand管区、Khyber管区はFATA(連邦直轄部族地域)の北部にある管区。南ワジリスタンは南部にある管区。

参照
CNN Japan 2009.10.20
 「パキスタン部族地域で激しい戦闘、大量の避難民発生も」
ウィキペディア「南ワジリスタン紛争」より
 FATA、NWFPの地区・管区を示した地図


2009/10/26 追記

Liaqat Aliさんからの追加情報(10/24のメールより)

PRDS(Participatory Rural Development SocietyというNGO)はJalozai難民キャンプで無償で自発的に活動している。寄付・支援もなく、厳しい状況が続いている。こうしたパキスタンの国内避難民の状況を日本人の皆に伝えて欲しい。」

また、前日10/23にテロ事件が続発した件にふれて
「昨日はペシャワールとAttockで爆発事件があった。我々は毎日の治安情報に合わせて通勤ルートを変えながら、現場に通わなければならない。避難民のためのプロジェクトが計画中で、中断するわけには行かない。」


2009/6/13 KUAND難民キャンプ(3)~テント生活











一つのテントにお邪魔をして、話を聞いた。
家族4人(母と兄弟3人)でMingolaから手ぶらで避難してきたという、大学生のRiazさん(23歳、写真左。母と兄弟の1人は水汲みで不在)。彼によると、Mingolaでは政府軍と500人のタリバンがゲリラ戦を行い、ほぼ全ての住民が避難を余儀なくされたそうだ。(まだ2%ほどの住民は残っているという。)
ここでは3食の配給があり、何とか暮らせているそうだ。一家の大黒柱になることを期待されてもいる大学生は、「卒業をしたらウルドゥー語(パキスタンの公用語)の教師になりたい」と、はっきりとした目標を語ってくれた。

2009/6/13 KUAND難民キャンプ(4)~食糧配給


指定場所で配給を待つ人々。暑いので木陰で座っている。



ジャガイモの皮を剥く炊事係のスタッフたち。



大なべで食事を作るスタッフたち。



配給に群がる人々。列をつくって順番に、という習慣はないようだ。(それでも大きな混乱はないのは、イスラムの信仰心のおかげだろうか。)



今日の食事はパラオ(肉汁の炊き込みご飯)。



一家の配給を持ち帰る少年。

2009/6/13 KUAND難民キャンプ(5)~援助物資の配給


難民キャンプに到着したばかりの家族(母と3人の息子。写真左の男性はスタッフ)。まず受付で難民登録を行い、援助物資を受け取る。






援助物資一式。



受付所の周りは物資の山となっている。



今日、スワットから逃れてきたという家族。主人(写真後列中央)は私を見かけると自分の苦境を説明してきた。



この日もひっきりなしに避難民がやってきては援助物資を受けとっていた。



新たに到着した家族。

※ここでの撮影はすべて、Liaqat Aliさんの許可を得ています。





2009/6/13 KUAND難民キャンプ(6)~キャンプ内診療所


遊園地の既存建造物の一つをそのまま診療所に使っていた。医師は男女1名ずつ、それに医療技士1名の3人体制だそうだ。(男性医師はムスリム女性を診れないので女性医師も必須である。)それぞれ3、4人で交代して24時間開いている。
Sharif医師(写真左)によれば、患者は下痢や発熱した子供が多く、原因は何日もかけて歩いてくることによる疲労だそうだ。また、気候の涼しい山間部から来る人も少なくないそうだ。写真右は前出のLiaqat Aliさん(Social Organizer)。



患者を受け付ける医療技士スタッフ(写真左)。



下痢の子供に処置をするSharif医師(写真右)ら。



足の指の傷に薬を塗るスタッフ。



一緒に来ていた妹(写真左)はカメラを意識して無邪気に笑ってくれた。ここに来て初めて見た笑顔だったかもしれない。