2010/3/14 路上の床屋・靴修理屋


3/9も撮影した路上の床屋(関連記事)。



カットは15Rs。月に6,000Rsほどを稼ぐ。






3/9も撮らせてもらったJuma Khanさん。ヒゲ剃りは5Rs。



3/13撮影。同じ中央分離帯には靴磨き・修理屋も並んでいる。Noor Muhammadさん(写真右)はのどに障害があり上手く話せないようだった。翌日写真をあげたら、言葉にならない甲高い声で喜んでくれた。



3/13撮影。靴を磨くNoor Muhammadさん。1回10Rsで1日に200~300Rsほどを稼ぐ。



3/13撮影。Pazal Janさん(25歳、写真左)。

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【2009/8/30 土器づくり】


左からRafiahamad(8歳)、Bashirgul(11歳)、Gulsana(6歳)、Ashilia。 Sanduriga村 (Rumbur)。

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2010/3/16 Chaman国境からアフガンへ

アフガニスタンとの国境の町Chamanは、外国人が入るのに国の許可が要る。Chaman出身でBelaで出会ったShabbirさん(泊まったガソリンスタンドの経営者の弟。2、3日後に家に戻るからChamanを案内してくれると言っていた。関連記事)を当てに許可を取ろうと、クエッタ(Quetta)の国の機関(Home & Tribal Affars Department)へ申請していた。結果的にShabbirさんは当てが外れたが、ダメもとで申請したアフガンへの越境の許可も得ることができた。
(3日間、Home Departmentへ通い詰め、各部署で何度も審査を受け、ようやく許可が下りた。お世話になったSection OfficerのAbdul Qudoos Mangalさんは今でもメールのやりとりをしているが、彼によれば、ジャーナリストをはじめ欧米各国の人間も案外許可されているそうだ。パキスタン政府としてはChamanに滞在させるより、アフガン側に出させた方が手間がからず良いと考えているのかもしれない。)



3/15、紆余曲折を経て夕方にようやくChamanを向かった。(警察が交渉した乗り合いタクシーに載せられ、そのままChaman警察に連れて行かれた。)
Chaman到着が夜になったため、予定を変更して一泊し、翌朝国境を越えることになった。Chaman警察署では、DSP(District Superintendent of Police )に一通りの尋問を受けた後、若い警官らの寝泊りする部屋でお世話になった。珍しく英語が話せるNaomanさん(18歳、写真右)が私の世話係になった。(Chaman警察署には警官が60人ほどいる。)
カシミール出身のNaomanさんによれば、「バローチ人は教育されてなく野蛮で、彼らが独立しても統治できる人材がいない。なぜパンジャブ人を嫌うのかが分からない。」「パンジャブ人は進んでいる。彼らの文化こそがパキスタン。」「パシュトゥン人は商売好きで安月給の警察の仕事はやらない。また、どうしても同民族のタリバンを擁護する。」と説明してくれた。
バロチスタン州の警官の給料は安く、Naomanさんは7,000Rsしかない。確かにここで会った警官は、パンジャブ人やハザラ人は多いが、パシュトゥン人は少ないようだった。

また、「カシミールでは結婚相手を自由に選べるし、嫁の実家に金を支払う必要もない」そうで、パシュトゥンの文化とはだいぶ異なるようだ。(彼自身、故郷のガールフレンドとは毎晩のように携帯電話でメールをし、年に3回帰省をするそうだ。)

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翌日、国境の出国審査まで警官が同行してくれ、無事にアフガニスタンへ入ることができた。
旅はアフガニスタンへと続く・・・



【2009/8/31 丸太運び】


水流で丸太を運ぶ男たち。 パラロック村 (Rumbur)。

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アフガニスタン2010/3- 基本情報


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前回2009/6~8に北部(おもに非パシュトゥン人地域)を見て回ったアフガニスタン。今回は南部(パシュトゥン人地域)を訪れようと思っていた。実際には、南部の中心都市カンダハールに短期滞在しただけで出国を余儀なくされた。
アフガン警察に保護されることは毎度のことだが、パキスタンから陸路で入国したことで、「パキスタンからのテロリスト」という疑いで逮捕されて取り調べられた。去年と違うのは、疑いが晴れてもそのまま解放されず、3日間の軟禁後にカブールに飛ばされた。
もちろん、カンダハールがタリバンの中心地であり、米軍などが展開する掃討作戦の拠点であるので、仕方ない。彼らの対応は適切であっただろう。

※カンダハール滞在の感想などはこちらをご覧下さい。
関連記事「旅(2010春)の雑感」
関連記事「旅だより~ 2010/3/17 カンダハールの治安」
関連記事「アフガニスタン2009/6- 基本情報」(前回、北部を訪問したときの印象など)


■期間 2010/3/16 - 2010/3/20
3/16 - 3/20Kandahar(カンダハール)
3/20Kabul(カブール)


-----以下、パキスタン、アフガニスタン、UAEを通しての情報-----
■期間 2010/3/1 - 2010/4/27
■費用 滞在費¥42,400
      内訳 パキスタン(3/1 - 3/16、3/23 - 4/27) ¥27,000
          アフガニスタン(3/16 - 3/20)     ¥1,200
          ドバイ(3/20 - 3/23)        ¥14,200
 
     現地航空券¥42,000
      内訳 カンダハール⇒カブール ¥5,600
          カブール⇒ドバイ     ¥18,900
          ドバイ⇒イスラマバード ¥17,500

     往復航空券(羽田 - カラチ)¥103,640 ※現地出国税等を含む
■カメラ機材
ボディ  Canon EOS5D MarkⅡ ※バッテリー5個、CF計144GB、充電器
レンズ  EF24-70 F2.8L USM
      EF75-300 F4-5.6 IS USM
ストロボ 580EX Ⅱ
■プリンタ
  Canon SELPHY CP750 ※バッテリー2個、専用インクカセット・用紙200枚分
■ノートPC
      Aspire Timeline 4810T ¥50,900
■資料
      地図(Afghanistan)、語学本(ダリー語 2冊、ウルドゥ語 1冊)
■その他
      変換プラグ、延長コード、カードリーダー など

【2009/8/31 パンジサール村の家にて】


左からAlina(8歳)、Zardana(11歳)、Sadia(14歳)、Fatizal。 パンジサール村 (Rumbur)。

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2010/3/16 国境の町(アフガン側)~Spin Boldak


パキスタン側のChamanから国境を越えた。同行してくれた警官に別れを告げ、ここから晴れて自由の身である。地元のパシュトゥン人はパスポート・ビザがなくても素通りできる。
(関連記事)



荷物を担いで歩いていると声をかけてくれたObaid Ullahさんに誘われて、道路沿いの市場で休憩した。写真は、市場にいた子供たち。めずらしく照れ屋さんであった。






Obaid Ullahさん(写真右)の中古PC屋。日本にいる弟Ahmad Shaさんが日本製中古ノートPCを買い付け、こちらで売っているそうだ。1台およそ10,000Rs(約10,600円)くらいの値が付くそうだ。
ここには家電をはじめ多くの製品が集まっている。おそらくほぼ全てがパキスタンに持ち込まれるのだろう。パキスタンの高い関税をさけ、アフガン経由で違法に持ち込んでいるからだ。

例えば、アフガンなら日本から1,000ドルの値で輸入できる中古自動車は、パキスタンなら関税で4,000ドルもとられ、5,000ドルに膨れ上がってしまう。もちろんアフガンからパキスタンに正規に輸入すれば、同様の関税がかかるのだが、多くは税関をごまかしてパキスタンに持ち込み、国内で販売するのである。パキスタンでは多くの輸入品はアフガン経由なのだそうだ。

国境ゲートの荷物チェックについては、パキスタンからアフガンへの入国する人間に対しては、武器などを持ち込まないかをアフガン警察が気にしているようだった。一方、アフガンからの出国・パキスタンへの入国については、甘いようであった。税関を通さない物資の持ち込みがバレたところで多少の金が警官(検査官)に流れるだけだそうだ。



Spin Boldak中心部まで乗り合いトラックで向かい(20Rs。ここら辺では当然パキスタン通貨も使用可)、ちょうど出発したバスに乗ることができた。カンダハール(Kandahar)まで2時間半で80Af(約160円)。
途中、3回も軍の車列とすれ違った。アフガンでは、軍車両がすれ違うときは、道路わきに停車してやり過ごすルールになっている。とくにカンダハールなどタリバン勢力が残る地域では、「不審な動きをした」という理由で容赦なく撃たれる。こうした理由で、民間人しか乗っていないバスが外国軍に攻撃される事件は後を絶たない。

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