【2009/8/29 パンジサール村の子供たち】


Analdana(6歳、写真左)ら子供たち。 パンジサール村 (Rumbur)。

※ 画像をクリックすると拡大します。







2010/3/14 ゴミ回収で生計を立てるアフガン難民


自転車で住宅地を回り、ゴミを回収するKakarkul Khanさん(写真左)。5年前にアフガンから避難してきた。各家庭の残飯のパンや金属片などを買い取り(12Rs/kg)、リサイクル工場に売るそうだ。1日に200Rsほど稼ぐという。
写真右の女の子は同行している娘。他の子はゴミを売りに来た住宅地の子供たち。



写真右は通訳をしてくれた住人。

※ 画像をクリックすると拡大します。

【2009/8/29 丸太橋】


パラロック村 (Rumbur)。

※ 画像をクリックすると拡大します。







2010/3/14 太鼓芸で稼ぐ少年


クエッタ(Quetta)に滞在中、街で何度か見かけていた太鼓奏者の少年2人組。Shamurad君(8歳、写真左)とShazad(10歳)は兄弟ではなく従兄弟。よく店の前などで太鼓を叩く芸で、喜捨をもらっていた。見たところでは、邪魔者扱いされて追い払われてしまうことが殆どのようだった。



休憩中の2人に声をかけると、ポケットから写真を取り出して見せてくれた。言葉が通じずよく分からなかったが、友人の家にでも招かれて撮られたらしい。とにかく、この写真は2人の大切なものであるようだった。

※ 画像をクリックすると拡大します。

【2009/8/29 KALASHGRAM村の子供たち】


Arisia(8歳、写真左)ら子供たち。 Kalashgram村 (Rumbur)。

※ 画像をクリックすると拡大します。







2010/3/14 クエッタの物乞い


Government Science College前で物乞いをする、バローチ人のMuhammad Rafiqueさん。珍しく英語が片言で分かったので話を聞いた。
彼は以前はオートリキシャのドライバーで2000年6月に列車事故に巻き込まれて片足を失った。以後、いつも同じ場所、同じ時間(8:00-17:00)で物乞いをしている。1日150Rsほどで月に5,000Rsになるそうで、ドライバー時代の収入とほぼ変わらないそうだ。彼自身、片足がないという障害のおかげで金を得やすいと言っていた。
クエッタ(Quetta)のように大きな街では物乞いが多い。国家として障害者を救済するシステムはなく、イスラムという宗教が担う。
店を回って物乞いをする女性も目立つが、彼女らはヒンズーだそうだ。(「ムスリム女性ならば、自ら物乞いをしなくても世話を受けられるはず」だそうだ。)

別れるとき、Muhammad Rafiqueさんに礼を言ってわずかながら喜捨をした。
(はじめは「そんな、お金はいらないよ」と遠慮をされた。「これは、あなたの仕事だから」と言って何とか10Rsを受け取ってもらった。小額でこちらが恥ずかしくなるくらいだった。)

※ 画像をクリックすると拡大します。

【2009/8/30 BASHIRGUL】


Bahirgul(11歳)。 Sanduriga村 (Rumbur)。

※ 画像をクリックすると拡大します。