【2010/4/9 Dumagali Stの肉屋街(3)】


台車で運ばれる馬の頭。(売られている頭の写真はこちら)  Dumagali St (ペシャワール)。

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【2010/4/9 Dumagali Stの肉屋街(4)】


ミンチのケバブを汗だくで焼くThairさん(24歳)。 Dumagali St (ペシャワール)。

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【2010/4/9 クチ・バザールの荷馬車】


ピープル・マンディ (ペシャワール)。

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【2010/4/9 工事現場の労働者】


日給300Rsで働くAdam Khanさん(40歳、写真左)。壊された建物のレンガについて、再利用のために形を整える作業をしていた。(写真手前中央に積まれたレンガから、写真手前左に積まれたレンガへ。接着部分を削って元の直方体に戻す。) ピープル・マンディ (ペシャワール)。

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【特集 ペシャワールのクリスチャン(1) ~ TAILGODAM コンパウンド】


2010/4/9撮影。Kohati(Qawati) GateとYaktut Gateの間、旧市街を囲むCircular Rdの外側にはクリスチャンが多い。写真は、二つの籠がぐるぐる回るブランコ。小さな観覧車のようだ。同じものをインドなどでも見かける。子供の多い場所にやって来て、一回3Rsほどで数分間手動で回される。子供に大人気である。



4/9撮影。乗っていたArishaちゃん(写真手前中央)ら。この日は金曜日(ムスリムの安息日)で、ひと気が少ない通りのなか、この一角だけクリスチャンでにぎわっていた。



4/9撮影。手のひらのMandiを見せてくれたAishaちゃん(9歳)。



4/9撮影。米国のバンダナを頭に巻いていたムスリムのYashin君と、同級生でクリスチャンのJanu君(ともに13歳)。Saint John Schoolではムスリムが70%、クリスチャンが30%だそうだ。ムスリムでも英語の教育に熱心な家庭は、ミッションスクールに通わせるそうだ。それにしても、パキスタンで星条旗のバンダナをする現地人をはじめて見た。彼は米国を好きなのだそうだ。(一般に地元の人でもクリスチャンは反米感情は殆どない。)
写真後ろが、クリスチャンのコンパウンド「TAILGODAM」。



4/10撮影。TAILGODAMの入口。



4/10撮影。TAILGODAMは約50m×30mほどの小さなコンパウンドだが、約50軒もの長屋が連なり、600~700人が暮らしている。



4/9撮影。ここの住民は全員が「Munisipal Corporation」という清掃業社(公営)に勤めていて、クリスチャンでもある。ほとんどがヒンドゥ教からの改宗者であり、風貌はインド人そのものである。(パキスタンとインドは宗教が異なるだけで、人種も文化もかぶっている。この地方に限って言えば、大半の現地人はパシュトゥン人でアフガンの文化であり、クリスチャンはパンジャブ人でインド・パキスタンの文化である。)



4/10撮影。通路にはベッドが立てかけており、夜間は寝室となる。一軒あたり台所も含めて3~4部屋で、15人以上が暮らす場合が多い。(1部屋は4~6畳ほど)



4/10撮影。ここでも英語を話せる人は少ないが、たまたまオランダから帰省していたMarshal(ニックネーム。32歳、写真左から2人目)と出会い、色々と案内してくれた。彼はクリケットのプロ選手でオランダで活躍している。クリケットはパキスタンで圧倒的に人気のスポーツで彼は地元の有名人である。
この家には彼の奥さん(写真左)と息子、義理の兄弟らが住んでいる。建物の入口の部屋で、奥に1部屋、2階に1部屋がある。(広角レンズで撮っているので、写真以上にずっと狭い印象だ。)



4/10撮影。この家の入口。どの家も急勾配の狭い階段がある。(階段の左手が1つ前の写真の部屋。)



4/10撮影。2階には1部屋があり、残りは屋上スペースになっている。写真はMarshalの息子のIyan Russel君(5歳)。



4/9撮影。Marshal(写真右から2人目)も参加する地元のNGO;HANDS(Human Appraisal Networking and Development Society)の打ち合わせに同席した。クリスチャンの生活環境や待遇の改善を目的に活動している。代表のPrince Javedさん(写真左から2人目)は政治家でペシャワール行政の役職についている。(パキスタンではムスリム以外の異教徒への議席・役職の割り当てがあるので、その成果である。)

「イスラム社会のなかでクリスチャンの待遇が悪く、一般の仕事にも就ける人は少ない」そうだ。結局、低賃金の公営清掃会社で働かざるを得ないという。Munisipal Corporationから支われる月給は、勤続10年目で7,000Rs。初任給は4,000Rsだそうだ。そこから、このコンパウンドの家賃1,500Rsが天引きされる。それでも、一般の住居なら2,500~10,000Rsもかかるので、皆、仕方なくここで暮らしているという現状だ。

あとでムスリムの友人たちに、ペシャワールのクリスチャンの待遇の悪さについて聞くと、「クリスチャンだから待遇が悪いとは限らない。」「英語学校を出ているクリスチャンの友人たちは、高級な仕事に就いている人がたくさんいる。」などの意見ももらった。実際に、新市街Saddar地区や高級住宅地Hayatabadに住むクリスチャンも多い。結局、低所得者のクリスチャンは、もともと貧困者(ヒンドゥ教徒の下級カースト出身)で、十分な教育を受けていないことが直接の原因であるようだ。とは言え、マイノリティであるがゆえの不遇も少なからずあるのは確かだろう。とにかく、宗教を問わず、格差の対策や低所得者支援が十分でないのは間違いない。



4/10撮影。Parvezさん(写真左から2人目)は子供が7人、孫も7人いて、4部屋に30人の大家族で住んでいる。



4/9撮影。写真を撮ってくれと呼ばれ、Ruxrkisanaさん(写真右から2人目)の家へ。



4/9撮影。Marshalの義理の姉の家にて。Mehndi(ヘナの葉のペーストで手や足にレース模様を描くインド圏のおしゃれ)を描く女性たち。親戚の中にとても上手な女の子がいて、私も描いてもらった。



4/9撮影。



4/9撮影。キリストが描かれた壁掛けの布があった。偶像崇拝を禁じたイスラムとの大きな違いである。



4/9撮影。Marshal(写真右)の家で、彼の兄Arif Shahzadさん(写真中央)、親戚のHaroonさんと食事を頂いた。Marshalの家族は裕福でコンパウンドの近くに邸宅を構えている。



4/9撮影。Arifさんは物理療法士であり、Marshalは帰省中に毎晩マッサージを受けている。(マッサージ機は日本製)



4/10撮影。写真に撮られたくて集まってきた子供たち。



4/10撮影。シーラちゃん(写真中央右)とリラちゃん。



4/10撮影。写真左からシャナさん、ファラさん、ルグラさん。



4/10撮影。ランニャ君。



4/17撮影。兄弟の子を抱くJavedさん(38歳、独身)。「TAILGODAM」の近く、「GOAL」という20世帯ほどのコンパウンドで暮らす。同じく「Munisipal Corporation」の労働者のための居住地だ。多くのクリスチャンは、仕事を見つけてコンパウンドから抜け出るのを夢見ている。

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【特集 ペシャワールのクリスチャン(2) ~ 結婚式事情】


いずれも2010/4/10撮影。この日の夜、Marshalの従兄弟Toniさんの結婚式が行われるため、新郎親族が集まってきた。家は装飾され、とくに女性は親族のもてなしや自身のドレスアップの支度で忙しそうだった。
結婚式は、20時ごろ新郎と親戚が新婦の家へ迎えに行くところから始まる。(両家ともクリスチャンであるが、この点は一般のパキスタンの結婚式と同じようだ。)その後、両家が合流して教会へ向かう。(新郎の家は大きくなく、代わりにMarshalの家が親族の集合・出発拠点に使われた。)披露宴の料理の準備などは新婦側が負担する慣習があり、裕福でない新婦側への配慮で新郎側は近しい親戚のみ出席し、両家で50人くらいに抑えるそうだ。儀式は22時から2時間程度。そのまま教会で披露宴が催され、夜通し未明まで続く。通常、結婚式の費用は500,000~1,000,000Rs(50~100万円程度)が相場らしい。



結婚式に雇われたマーチングバンドたち。新郎側が雇い、出発まで2階で待機していた。だいたい費用は2,000~3,000Rsだそうだ。ヒジュラの踊りなどに比べ、かなり安い。
その中に、偶然にもMarshal(写真左上)の学友もいた(写真中央)。まだ学生で楽団のアルバイトをしている。



新郎も登場し、いよいよ出発。ビデオカメラとスチールカメラ(写真)が雇われて入っていた。こうしたビデオカメラマンの日当は15,00Rsで、月に5回程度仕事があるそうだ。一方、スチールカメラマンは1枚30Rsの出来高制で、およそ400枚ほどが売れるそうだ。売り上げは12,000Rsにもなり、話を聞いたカメラマンは月に2、3回婚礼の仕事があると言っていた。(物価を勘案すると、カメラマンはかなりの高収入である。機材はCanonのkiss系で日本なら初心者向け。デジタル一眼レフが一般に普及していない国では、カメラマンも十分稼げるのである。)



写真中央が新郎のToniさん。身内が代わる代わる記念撮影を行った。



そのあと、楽団を先頭に家を出発。新郎は装飾された車で、親族はマイクロバスで新婦の家へ向かった。正装でない私は会場へは行けず、ここで見送った。ともあれ、Toniさんおめでとうございます。

余談だが、新郎の親族たちと歓談しながら待っているとき、数人に「ドクター・ナカムラは知っているか?」と聞かれた。詳しく聞くと、ペシャワール会の中村哲医師のことだった。今までムスリムの友人たちからは話題になることはなかったが、クリスチャンとして外国のNGOなどと関わることが多いようで、「彼はとても有名だ」と賛美していて同じ日本人として誇らしかった。


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【特集 ペシャワールのクリスチャン(3) ~ 日曜礼拝】


いずれも2010/4/18撮影。前年に続きよく通ったChurch Rd。ここに建つAll Saint Churchはペルシア影響下の1883年に造られた。現在、約700の家族が所属している。内訳はカトリックが7割、プロテスタントが3割と混ざっている。
関連記事「2009/6/18 Church Rdの人々」



日曜礼拝(10~12時)に参加させてもらった。パキスタンでは宗教・宗派対立の爆発事件なども頻発しており、入口では警察の念入りなチェックを受けた。写真では空席が目立つが開始時間を過ぎたころには満席になり、祭壇の前の床に座る女性もいた。座席は通路を挟んで男性・女性と区別されていた。



案内してくれた教会関係者は、「我々は皆、普段は神に祈りを捧げるが、日曜礼拝では信者は聖職者に祈り、聖職者が神に祈る」と私に説明してくれた。



静粛に説法を聞く人々。(ザンビアで訪れた日曜礼拝では、聖歌隊の賑やかな踊り、赤ん坊の泣き声とあまり静粛でなかったのを思い出した。)
関連記事「2008/9/21 Kashikishi村の教会(1)」
関連記事「2008/9/21 Kashikishi村の教会(2)」



ことあるごとに聖歌隊を中心に賛美歌を歌う。一般の信者は、年配の人が多いせいか歌わず聞き入っている人が多いようであった。



タブラ(太鼓)を叩くStephen Yaqubさん。彼はこの教会に併設されているSt.John's Schoolの教師だ。実は、前年には別の場所で会っていて、今回も偶然に再会した。彼は知的で謙虚な人で、教師ということもあり私のムスリムの友人にも慕う人がいた。結局、宗教に関わらず人間性が大事であることを教えてくれる。
関連記事「2006/6/23 Gunj Rdの人々(2)~Gunj Gate以西」

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