■■旅みち以前■■【エチオピア2003 Debra Damo】

 教会建造物としてエチオピア最古のDebra Damoが、AxumからDigratへ行く途中にあると聞いて、地図だけ書いてもらって1人で行くことにした。ガイドなしで一人では行けないと散々言われたが、ローカルバスを何もないところで途中下車するところだけ不安だったが、ほぼ一本道であった。

遠くに山々が見えるだけで本当に何もない。1時間以上、人にも会わなかった。



ようやく人に会い、挨拶を交わした。

 途中、地元少年(10歳くらい)と一緒に歩いた。特徴的な形なので何となく背景に写していた岩山が、実はDebra Damoだと彼に知らされた。



望遠レンズで撮影。ほとんど絶壁の台地の上に木々や建物も見られた。
結局、入口に着くまで、最後のヘアピンカーブの坂道も含めて3時間も歩いた。



Debra Damo唯一の入口。ここから上はロープで上がるしかない。女人禁制だそうだ。
(ここまで車で来ることができ、地元の巡礼者や観光客が何人か見られた)



地元の少年などは、一人で登ってしまうのだが、私などは命綱を付けて引き上げてもらった。









台地は長辺200mくらいで、修道士たちの家々がある。
ここで標高2,800mらしく、日差しも強い。屋外で人は皆無であった。



6世紀に建てられたというDebara Damo教会(修道院)。ここで一番立派で大きい建物だ。



教会の屋根の飾り。現在、屋根はトタンであった。







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■■旅みち以前■■【エチオピア2003 Mekele周辺】


Mekeleにて、学校の壁を乗り越え、声をかけてきた小学生たち。



Maychewにて、ティグレ族の女性たち。



Wuklo(Wiklo)にあるChirkos教会。ティグレ州に多く残る岩窟教会の一つ。







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■■旅みち以前■■【エチオピア2003 Lalibela(1)】

 WoldiaでLalibela行きのバスを探すと、たまたま首都Addis Ababaからの巡礼バスの一行に混ぜてもらうことができた。クリスマスの時期、エチオピア各地からたくさんの人々が聖地Lalibelaへ巡礼を行う。都市部の同じ地区に住む人たちは共同でバスを借りてやってくることは珍しくないようだ。



巡礼の途中、木陰でインジェラをつくるEteneshさん(写真左)と友人のLemi Lemiさん。Eteneshさんは英語教師で、唯一英語が不自由なく話せた。とても面倒見がよく大変お世話になった。



彼らは共同で自炊をし、教会などに泊まりながら巡礼をする。写真は、Lalibelaからの帰路でKombolchaの教会にて。(私は帰りも同行しAddis Ababaまで乗せてもらった。)



地元の貧しい少年たちが物乞いをしていた。Lalibela内はもちろん、郊外の教会でもこの時期は巡礼者が多いので、どこでも見かけた光景だった。



Laliberaから北へ40kmほどにあるYemrehanna Kristos教会。半洞窟になっている。
(何箇所もまわった教会のうち、特徴的で写真にも記憶にも残っているところ)












聖職者の十字架に触れられるために集まる人々。

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■■旅みち以前■■【エチオピア2003 Lalibela(2)】

Lalibelaに集まる岩窟教会のなかで最も特徴的な聖ギオルギス教会(Bet Giyorgis)。高さ、奥行きともに約12mで、十字型に彫り出されている。滞在中、毎日通い写真を撮った。













クリスマスシーズンに集まる巡礼者や観光客を目当てに、Woldiaから来ていたカメラマンBirhanuさん。1枚5Birr(当時約80円。1.5Lミネラルウォーターの値段と同じ)で記念写真を撮っているそうだ。






周りに掘り下げた切り通しがあり、教会入口につながっている。






教会の内部。









教会を囲む壁面にはいくつもの穴がある。










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■■旅みち以前■■【エチオピア2003 Lalibela(3)】


教会(写真左奥の大きな屋根)の手前の溝は「ヨルダン川」。Lalibelaは、エルサレムがムスリムに陥落したときに、新たなエルサレムになろうとし、エルサレムを模した名前が残っている。



聖職者の十字架に触れる巡礼者。



岩窟教会群の一帯はいたるところ岩の切り通しやトンネルがあり、それぞれの教会をつなげている。立体的な構造で面白い。






劣化をふせぐための屋根が取り付けられている教会もある。(現在はもっと頑丈な構造物(屋根)が教会を覆っている)






エチオピアのクリスマスは1月7日。イブや当日の朝とセレモニーを見た。イブは人が尋常でない多さで満員電車状態。一眼レフを持ち込むのを断念したところもあった。(案の定、このとき財布の一つ(小銭用)がなくなった。)



朝は比較的人が少なく、じっくり見られた。聖職者たちは、横に動きながらサナセル(鈴のような楽器)やカベロ(太鼓)を鳴らし、厳かな歌声が響いた。









周りに掘り下げた通路があり、教会入口につながっている。













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■■旅みち以前■■【エチオピア2003 Lalibela(4)】


Lalibelaに集まる巡礼者は、民泊や野宿だ。昼夜を問わず屋外に人が溢れていた。



私が同行した、Addis Ababaからの巡礼者たちは、民家の部屋をかりて泊まっていた。
写真は、オルトドクス(エチオピア正教)の踊りを見せてくれたBefekaduさん。



共同生活での食事は、庭で自炊。



部屋を借りていた民家の子供たち。



徒歩でLalibelaに来たという巡礼者。






岩窟教会前にて、ライフルを手に警備をしてた男性。



巡礼中の共同生活で親しくなったEteneshさん(写真左)とLemi Lemiさん。
英語の話せるEteneshさんには、Addis Ababaに帰ってからもお世話になった。



Addis Ababaへの帰路で体調を崩した私は、帰国までBefekaduさんとその家族に大変お世話になった。(2010年にも彼の家を再訪問。もっとも親しい友人の一人である。)

 写真は、Addis Ababaのレストランにて。(インジェラを受け付けなくなっていた私は米料理を食べられる店に案内してもらった。) 旅行の最後に体調を崩し、クリニックで注射を受けるなどの治療を受けた。南京虫にも相当やられ、アフリカの厳しさを教えられた旅でもあった。


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