エチオピア2010/12- 基本情報

 旅行から1年以上時間がたってしましましたが、7年ぶりのエチオピア訪問を掲載してきます。

(今年2012年の夏は、目論んでいた旅先(アフリカ)のビザが取得できなかったり、7月に仕事(婚礼撮影)で肋骨を骨折したりと諸事情が重なり、大人しく国内にいます。年とともに長期オフをつくるのが難しくなるのは、フリーランスでも同様ですね。。。せめて旅ブログの更新は進めていきたいと思います)


 7年前の2003年12月には100US$が860Birrだったのが、2010年12月は1,670Birr。つまりエチオピア通貨の価値がおよそ半分になっていたのだが、物価もだいたい2倍くらいであった(首都アジスアベバで比較)。
(安宿パークホテルの値段(シングル/バス・トイレ共同)は、25Birrから63Birr(約315円)。周辺のホテルも同じく2倍ほど。ミネラルウォーター(1リットル)は5Birrから9Birr(約45円)。)
 しかし、誰もが収入が2倍になったわけではなく、庶民の生活はそれほど変わっていない(アジスアベバでの庶民の平均収入は3,000~4,000円程度)。富める者は富め、格差が広がった印象の方が強い。

 今回、行き帰りに滞在した首都アジスアベバのほかは、ずっと西部のガンベラ州に滞在していた。南部スーダン(現在、南スーダンとして独立)との関わりが深く、エチオピアのなかで特殊な地域の一つである。

旅の感想ほか、詳細はこちら
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■期間 2010/12/22 - 2011/1/21

■費用 滞在費¥14,500
    往復航空券(成田 - アジスアベバ)¥116,190 ※現地出国税等を含む

■カメラ機材
ボディ  Canon EOS5D MarkⅡ ※バッテリー4個、CF計144GB、充電器
レンズ  EF24-70 F2.8L USM、EF50 F1.2L USM

ストロボ 580EX

■プリンタ
  Canon SELPHY CP750 ※バッテリー2個、専用インクカセット・用紙200枚分


【2010/12/23 Befekaduとの7年ぶりの再会】


Befekaduさん(写真左、2004年1月撮影)には当時大変お世話になり、とにかく真っ先に彼に再会をしたかった。この写真は、Lalibela巡礼から帰り、同行した人たちと分かれ際に撮ったもの。彼の家がこの近くだと私は記憶していたので、この1枚をプリントして持参し、わずかな土地勘と写真の背景を手かがりにひたすら歩いた。
 結局、空港から歩き出して2時間後、この場所を探し当てた。



この日はBefekaduさんは仕事で戻れず、妹のSabaさん(写真右から2人目)たちが精一杯もてなしてくれた。7年前に撮った写真(私とBefekaduさん、そして母のWakeさん(70歳、写真中央))のプリントを渡すと喜んでくれた。(写真右は、Wakeさんの姪のTigstさん、写真左は案内してくれた近所に住むAsratさん)



アジスアベバには小さな家屋が密集する地域が散在しているが、近年、再開発が進んでいる。私が訪れたBefekaduさんの実家の地区もその一つ。すでに国から立ち退き命令があり、1年後には引っ越すそうだ。(写真は別の集落)



2011/1/18撮影。結局、12/23には再会できず、帰国前1/18に再々訪問してようやくBefekaduさんと再会を果たした(写真右)。働き過ぎで心配だったが元気な笑顔を見せてくれた。
 彼は自動車のメカニクスとして昼夜を問わず一日12時間以上も働いていて、ようやく月収5,000~8,000円ほど。それでも(長時間労働であるため)平均より高収入だそうだ。(アジスアベバの中流家庭で月収鵜3,000~4,000円。日雇い労働者は2,000円ほどだそうだ。)

写真左は甥のDaniel君(16歳)。唯一メールアドレスを持っていて、彼を通して連絡を取れるようになった。



2011/1/18撮影。このときマラリアでかなり病んでいた私は、またしても一家に大変お世話になった。写真左から妹のSabaさん、兄のAbebeさん、母のWakeさん。

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【2010/12/23 アジスアベバにて、若者のチャットパーティー】


首都では情報収集にいそしんだ。旅に必要なことのほか、たばこ1本1Birr(約5円)、路上の靴磨きは1回5Birrなど。
 バスターミナルの帰り道、東アフリカ最大規模のマルカート市場にも少し寄った。写真は、声をかけてきた家具職人のAbebeさん(26歳、写真中央)と土建労働者のGoangulさん(21歳、同左)。



彼らの休日の楽しみという「チャットパーティー」に招かれた。チャットという覚醒作用のある木の葉をひたすら食べる。(味は葉っぱそのものでまずい。味見以上に食べたいとは思えなかった。) 効力は弱くエチオピアでは合法である。チャットはエチオピアの輸出産業にもなっている。(休日をチャットを食べて過ごす人は、娯楽の少ない地方で一層よく見かけた。)



大きな都市につきものの物乞いも見かけた。(話をした者は一日に50Birr(約250円)ほどを稼ぐと言っていた。) 写真は、路上で寝る人々(12/24撮影)。

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【2010/12/24 Bedeleにて、路上のゲーム】


バスでアジスアベバから西部のガンベラ(Gambela)を目指した。二日かかるのだが、一日目は、暗いうちに出発し、Bedeleで一泊した。(7年前はこのルートは未舗装で3、4日かかると聞いていたので、随分、便利になった)

 写真は、Bedeleの路上でゲームを楽しむ若者たち。ゲームの名前を聞いても「知らない。名もなきゲームだ」と言われた。順番に玉を投げて自分の玉が穴(1~4点)に通れば得点。単純な遊びだが、お金をかけて盛り上がっていた。




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【2010/12/24 Bedeleにて、さとうきびを売る少年たち】


路上でさとうきびを売る少年たち。50cmくらいに小分けで1Birr(約5円)で売られていた。(アメやチョコレートなどは少なく、甘いものと言えば、さとうきびをかじるのが一般的だ。)

 イダットゥ君(11~12歳、写真左から二人目)は一日に20~50Birrを売っている。大人だと100、200Birrの売上にもなるそうだ。

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