旅だより~ 2019/8/30 ウガンダのカラモジョン族ほか(Nakapelimoru村、Kotido)

3年ぶりの撮影旅行(8/13~30)で、ウガンダのカラモジャ(カラモジョン)族の村を訪問。後述の通り、南スーダンのディンカ族の再訪ができなかったので、次の候補地だったウガンダ北東部へ。結果としては予想以上に充実した時間を過ごすことができた。
それは、写真を撮って欲しい人が多い、ということ。カメラマンとして、写真を撮ってあげて、それを見せて喜んでもらう。互いに「アラカラ(ありがとう)」と言って別れる。とてもシンプルだ。もちろん、カメラマンとして撮りたい写真は別なのだが、ここに載せたような人物写真はたくさん撮った。(なお、今回、宿泊地に電気がないこともあり、プリントして渡した枚数は少ない。たくさんの人の写真は撮ったので逆に、皆に配るか、または極端に絞るか、であり、後者にならざるを得なかった。混乱を避けるため渡したのは最終日のみ。)

容姿の派手さがない分、観光客やカメラマンが行くことが少ない地域だからなのかもしれない。(その点は、ケニアのトゥルカナ族、レンディーレ族なども同様だと思うが、彼らは、とりわけ「写真嫌い」だった。毎回、思うが一般にアフリカで人物写真を撮ることは難儀である。村でも街でも、例えばイスラム圏で女性が映らないように気を遣うのと同様な感覚が常にある。自然な様子をスナップするならスマホで気楽にパシャパシャ写すのが良いと思う。そう思いつつ、今回もゴツイ一眼レフ1台で臨んだ。)

ウガンダに限らず、ムズング(外国人・白人の意(黄色人種含む))を見たら、反射的に「何かくれ」(金をくれ、食べ物をくれ)と言う人は少なくない。子供・年寄りはもちろん、あまり貧困には見えない、英語を話す若者でさえ。援助慣れもあるだろうし、軽い挨拶代わりだったりもする。

当然ながら、男性を中心に携帯電話は普及している。ケータイにカメラもあり写真自体は身近になっている。それでも一眼レフで撮って、モニターで見せると喜んでくれる人も多いし、老若男女問わず撮ってくれ、という人も比較的多かった。


ロンゴム・キャラメティーナさん。


ナチャップさん。顔のマークは、カラモジョンらにとっては伝統というより、美的な装飾として、若者に流行っている。逆に高齢者にはない。


毎週日曜に行われる、伝統的な歌と踊り。何時間も繰り返していた。アフリカらしい両足でのジャンプ、そして手をたたいてお辞儀をするのが特徴的だった。






ローウェンさん。


日の出とともに牛や羊・山羊の放牧が始まる。雨季なので10~20kmくらいの牧草地に向かう。


コンパウンドの外へ。




放牧は10~12歳くらいの少年が中心で、さらに小さい子を従えていたりする。一群を1人で看ている事も多い。青年たちは、はじめだけ付き添う。(雨季の近場の放牧)


モディニさん(写真右)も途中で戻って行った。


牛の尻尾につかまり引きずられて遊ぶ少年。わたしは10kmくらいまで彼らについて行ったが途中で茂みに入って行ってしまい、見失った。




放牧中、水たまり(大雨が降ると川になる)に口を付けて水を飲むアセリン君。




夕方、夢中で乳をしぼって飲む少年たち。ロギト君(9歳)。




放牧をしつつ、赤ちゃん山羊を抱えて歩くジョロ君(12歳)。


ネイチョ・ベロニカさん。


コンパウンドの外壁。何本もの立杭で厚みがあり、とても頑丈な造りになっている。


出入口はとても小さいのが特徴的だった。小柄なわたしでも、しゃがんで通り抜けるのが大変だった。


外壁の出入り口部分の修復作業。古くなると立杭が傾いてくるので、それを真っすぐに組み直す。2年ごとくらいに修復しているそうだ。炊事・洗濯、水汲み・燃料の木の伐採・運搬、そして畑仕事や家の修復まで、放牧以外は、女性の仕事である。




カペルさん(写真左)とレーワンさん(姉妹)。








年配男性が持ち歩く木の椅子 兼 枕。彼らは日中、どこでも座って、どこでも寝ていた。




村の商店にて。ロコットさん(写真左)。






池で洗濯する女性たち。力の足りない小さい子は、服を地面において足でこすって汚れを落とす。(逆に泥で汚れるが、泥は水ですぐ落とせる。)






池は男女ともに体も洗う場でもある。(写真右より)ナーコム・ベルニカさん、ウェトレ・レッジーナさん。


グラゴロコン・ジョセフさん。


ソルゴン(もろこし)の脱穀をする女性たち。この地域の畑はほぼソルゴンである。








ナーコム・マリアさん。


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補足

2週間の短期間ということもあり、現地で上手くビザが取れたら、南スーダンを再訪問したい、というのが当初の予定だったが、うまく行かず、ウガンダに留まった。(前回・前々回に続いてウガンダから南スーダンの国境ニムレ(Nimule)でのビザ取得を試みたが、交渉失敗(ウン百ドル=ウン万円で可?)。カンパラ(Kampala)の大使館にも行ったが、こちらでは取得できても、土日をはさみ1週間ちかく無駄にするので、断念。)


カラモジャ(カラモジョン)族は、ケニア側のトゥルカナ族(2012-2013年訪問)や南スーダン側のタポサ(トポサ)族(2014-2015年訪問)とも近く、文化も言語も似ている。

とくに東側(ケニア方面)の村では、商売相手として交流があるというトゥルカナ族もよく見かけた。男性は区別がつかないがトゥルカナ族の女性は、ビーズのネックレスを何重も身に着けているので分かりやすい(彼ら自身もその特徴以外では見分けられないそうだ)。両者は言語も似ていて会話が通じる。(以前は牛の強奪などで対立することも多かったそうだ。)
わたしはKotidoを拠点に、13㎞ほど離れたNakapelimoru村をおもに訪問していた。行先の選定はとてもシンプルで、Google Map の衛星写真で、伝統的な住居がたくさん集まっている場所を探して見つけた、というだけだ。(前回のケニアのレンディーレ族も同様) 今回、町から日帰りできそうな徒歩圏内には見つからず、毎日、朝晩にボダボダ(バイク便)を利用した。 結果的に、そのNakapelimoru村は東アフリカで一番大きい(アフリカで二番目?)という村だった。

Kotidoは、電気がないような町だが(近年ソーラー発電で街灯などを整備。宿や商店も同様。至る所に大小様々なソーラーパネルが置いてある。ここ数年で電線も通るらしい)、各地から商売をする人々が集まっている。もちろん多数派は現地人であるカラモジャ(カラモジョン)だが、私には見た目で区別はつかない。町の中にはいかにも遊牧民と分かる姿はほとんど見かけず、周囲の村々を訪れることにした。

伝統的なカラモジャ(カラモジョン)の住居地は、いくつかの家屋(円形・草葺き屋根)を立杭で囲い、コンパウンドを形成している。コンパウンドの規模はまちまちだが、一族で一つのコンパウンドで、コンパウンド内に10~15棟くらいが標準的なようだった。(子供だけで寝泊まりする棟があったり、単純に1家族で1棟という訳ではない)。牛や山羊、羊などのスペースもコンパウンド内にある。航空写真を見るとよくわかるが、家屋を増やすと隙間(庭?)も含めて有機的にコンパウンドを拡げていっている。

※ Google Mapより / 画像をクリックすると拡大します。

コンパウンド同士は、結果的に隣接していたり、コンパウンドの間はソルゴン(モロコシ)畑になっている。コンパウンド内の家の周り(庭?)が生活の中心場であり、家の中(基本、家具なようなものはない)は布などを引いて寝るための場所という印象だ(これは他の民族同様)。


ウガンダは降水量も多く緑も豊か。その中でKotido周辺は乾燥したエリアだ。他の半遊牧民同様、乾季は数十㎞・百㎞も遠方の牧草地でキャンプし、雨季には身近にも緑があるため、数㎞ほどの日帰り放牧をする割合が増える(大型の牛はより遠方に。小型の羊・山羊は近場に。また日々のミルクも要るので一部は日帰り放牧というケースも多い)。

わたしの滞在中は雨季。(といっても毎日降るわけでも、一日中ずっと降るわけでもない。一日のうちに晴れたり曇ったり、短時間にぱらぱら降ったり、たまに集中豪雨となったり、という具合。) 日帰り放牧は(規模によるが)1、2人の少年が担っている。近場の羊・山羊だと幼い子供だったりする。

牧畜以外の労働は女性が担っている。炊事洗濯、水汲み・運びはもちろん、木の伐採や畑仕事、家屋の修繕に至るまで。年配の男性がふらふら、寝てばかり。女性は年寄りでもよく働く。一夫多妻だが、一族の長老の奥さんまで立杭の立替え作業を率先して働いていたのが印象的だった。
他の遊牧民はもちろん、街で見かける様子も、仕事のない男性はふらふら。女性は働き者。失業者にあふれる首都カンパラでも同様。女性はたくましく露店で食堂を開いたり、無職の夫を支えている。