【2010/8/7 Newra村の小学校(5)】


学校のコック、Patasiさん。食事係の公務員だ。(放課後、若手教師Omprakashさんと彼女の家にお邪魔して、Katichachという伝統ジュース(ラッシーの一種)をご馳走になった。)
 授業はユニセフのプログラムに沿っており、進捗を毎月報告している。給食メニューは州政府とユニセフが決めており、看護婦が子供の健康状態もチェックしにくるそうだ。



授業時間は7-12:30。昼食後に家に帰る。何人かは、給食の残りを家に持ち帰るために弁当箱を持っていた。
(給食を目当てにさせることで、進学率は上がったようだ。)

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この記事へのコメント
こんばんは、いつもお世話様です。

授業がユニセフのプログラムに沿っている…さしずめ「学習指導要領」といったところでしょうか。

給食目当てで子どもを学校に通わせるというのは、発展途上国ではよくある手ですね。

「給食室」は、説明がなければ現地の一般家庭だとしか思えないですね。この「設備」でこんなたくさんの子どもの食事が作れるのか不思議です。

日本は最近だんだん、セントラルキッチン方式で「給食センター」が増えていて、学校独自の給食室なんてなくなってきていますね。私の地元でも、私が通学していた当時から既に、へき地指定されている1校(=道路事情でセンターから運べない)を除き、30校以上の小学校全てセンターからの給食でした。
別にまずかったわけじゃないけど、でも、やっぱりこうして火を通した直後の作りたてのものを食べられるっていうのはいいものですね。
Posted by 喜撰猿丸 at 2011.12.31 00:21 | 編集
>喜撰猿丸さん
年を跨いでしまいましたね。今年も宜しくお願いします。

「学習指導要領」というか、ユニセフの教科書を使っているのだと思われます。
(ここの学校では未確認ですが、通常、教科書もノートも、ときにはスクールバッグまで全て「ユニセフ」って書いてあったりするので。。。)


給食室について、おっしゃるとおりですね。
ここに写っているスペースだけの小さい調理場でした。
(小さな釜戸ですが、容器はもう少しあったと思います)


(喜撰猿丸さんとは同世代ですが)
私の地元(横浜)では、各学校で給食室がありましたが、今はどうなのでしょうね。。。
震災後、被災地では給食センターが機能せず、ずいぶん長い間、パンなどしか食べられない学校が多くありましたしたよね。。。(今でも正常に戻っていないところもあると思われます。。。やりきれないですね。)
Posted by YokotsukaTomoaki at 2012.01.02 01:04 | 編集
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