【2010/12/23 Befekaduとの7年ぶりの再会】


Befekaduさん(写真左、2004年1月撮影)には当時大変お世話になり、とにかく真っ先に彼に再会をしたかった。この写真は、Lalibela巡礼から帰り、同行した人たちと分かれ際に撮ったもの。彼の家がこの近くだと私は記憶していたので、この1枚をプリントして持参し、わずかな土地勘と写真の背景を手かがりにひたすら歩いた。
 結局、空港から歩き出して2時間後、この場所を探し当てた。



この日はBefekaduさんは仕事で戻れず、妹のSabaさん(写真右から2人目)たちが精一杯もてなしてくれた。7年前に撮った写真(私とBefekaduさん、そして母のWakeさん(70歳、写真中央))のプリントを渡すと喜んでくれた。(写真右は、Wakeさんの姪のTigstさん、写真左は案内してくれた近所に住むAsratさん)



アジスアベバには小さな家屋が密集する地域が散在しているが、近年、再開発が進んでいる。私が訪れたBefekaduさんの実家の地区もその一つ。すでに国から立ち退き命令があり、1年後には引っ越すそうだ。(写真は別の集落)



2011/1/18撮影。結局、12/23には再会できず、帰国前1/18に再々訪問してようやくBefekaduさんと再会を果たした(写真右)。働き過ぎで心配だったが元気な笑顔を見せてくれた。
 彼は自動車のメカニクスとして昼夜を問わず一日12時間以上も働いていて、ようやく月収5,000~8,000円ほど。それでも(長時間労働であるため)平均より高収入だそうだ。(アジスアベバの中流家庭で月収鵜3,000~4,000円。日雇い労働者は2,000円ほどだそうだ。)

写真左は甥のDaniel君(16歳)。唯一メールアドレスを持っていて、彼を通して連絡を取れるようになった。



2011/1/18撮影。このときマラリアでかなり病んでいた私は、またしても一家に大変お世話になった。写真左から妹のSabaさん、兄のAbebeさん、母のWakeさん。

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