2009/7/29 ISAFが来た日


この日は早朝から周りの警官たちが働き出し、部屋の掃除で私も5時すぎに起こされた。朝食前には、今まで見た事もなかった朝礼で、Mohep Bullaさんが皆に気合を入れていた(写真)。何事かと思ったていたら、この日はPanjsher州の建設プロジェクトの進捗をチェックするPRT(地域復興チーム)の部隊がやってくるのだそうだ。(現在、PRTの指揮権はISAF(国際治安支援部隊)が引き継いでおり、Panjsher州は米軍が担当している。)



署の周りでも物資を運ぶトラックが来たり、商店で物資を出し入れしたりと慌しい。



一頭の羊がさばかれていた。一頭で何日間もの食を賄える量だが、この日は多くの羊肉が要るということなのだろう。来客(ISAF)をもてなすのは自然なことだ。









PRTは、Panjsher州の高官(州長?)の同伴で朝8:00ごろにやってきた。警察署の周りにある3つの建設プロジェクト(裁判所、警察署(新棟)、テレコミュニケーションセンター)の進捗状況をエンジニアから説明を受ながらチェックし、わずか20分で去っていった。近郊の道路工事のプロジェクトをチェックしに行ったようだ。アフガンでは、こうした公共事業の発注者はPRTであり、その進捗管理も重要な任務である。あまりの慌しさに、リーダーのMatthehさん(写真手前左)と簡単な自己紹介をしただけだった。
写真は、昼過ぎにPRTの連中が戻ってきたときに撮影。(座っている中央はISAFのアフガン人通訳。立っている男はアフガン軍。)



通信機材を持ち込まれた警察署の一室がISAFの詰め所となった。一部の外国人メンバーは現地の子供たちと記念写真を撮る人もいた。






一見、日本人女性かと思ったが中国(または韓国)系の米国人。彼女は子供に英語で年齢を聞いていたが、ここの子供が理解できるはずも無い。現地語で「何歳?」「14歳」と彼らの会話を私が通訳してあげた。(私も基本中の基本の会話しかできないが)現地に派遣されている彼らが全く現地人と意思疎通ができないことに驚いた。実際、常にアフガン人の通訳が同行しており、任務には支障はないのだろう。



署の前でくつろぐISAFとアフガン軍のメンバー。ISAFの車(トヨタハイラックス)には様々なものが積まれていて、私にミネラルウォーターと皮膚に塗る薬をくれた。(アフガンではノミ(?)などで体中が痒い状態が何週間も続いていた。)



警察のもてなしのプラオを食べるISAFの土木技術者Kellyさん。テキサスからアフガンに派遣されて3年、Panjsher州には1年半になる。銃を常に携行してはいるが使うことは無いそうだ。軍では口に合う食事は常備されているが、休みが殆どない生活なのだという。彼のようにCivilian(文民)もいるが、U.S.Air Force(米空軍)を多く見かけた。(各人の制服に名前と所属が書かれている。)
警察から食事が用意されたことは予定外だったようで、「おいしい」と大袈裟に言って食べる人と、ほとんど食べずに残す人と極端に分かれていた。


  
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