2009/8/3 Panjsher州を去る


ついにParianを去るときが来た。ここ数日、警察車両がKhenj、Bazarakまで行く機会を待っていたのだが、ようやく捕まえる事ができたのだ。写真は、別れ際のKolobanshaさん(写真左)。最後もナスワールを口にしておどけて見せていた。
(Parianは、苦労した分だけ良くも悪くも印象深い土地となった。「単独行動禁止」「外出禁止」とまで言う警官もいたが、見事に守らなかった。何人かに一人でも出会いを喜んでくれる人が居たことがモチベーションだ。身勝手な外国人を寛容に受け入れた人々に感謝である。)



7/31撮影。Panjsher川沿いの風景。



私が載せてもらったのは警察車両の荷台。山道の激しい揺れに落ちないように必死にしがみ付いた。腰や背中は打ち付けられるし、両腕は筋肉痛になった。
これらの警察車両(2台)は、Panjsher州の要人を載せた車両の護衛をしている。同行していた現地人の新聞記者によれば、この日に行われたタリバン幹部との会談からの帰りだそうだ。(Pansjsher州やその奥のバダクシャン州にはタリバンはいないことになっていたが、そう単純ではなさそうである。)



途中の休憩地点でくつろぐ警官たち。この日はKhenj警察署付近で降ろされ、自力で署を訪れた。何とか懇意のBabajanさん(「旅みち」関連記事)に会えて泊まらせてもらった。翌朝、警察車両の荷台に載ってBazarakの警察本部へ。(前日の山道に比べれば随分ラクであったが、Babajanさんは「署長が外国人に理解がなくて。荷台で申し訳ない」と気遣ってくれた。)



8/4撮影。7/23に警察本部で大変お世話になったDaberさん(26歳、Parian警察署No.2のFedaさんとは警察学校で同期生)。警察本部からShotaru警察署を経由し、サラン峠の麓の町Jabal Os Saraj付近で解放された。そこから久しぶりの自転車でカブールを目指した。


  
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