2010/3/5 Khuzdarまでのトラック


翌朝も道路沿いでバスを待つも、止まってもくれない長距離バスが1台通り過ぎただけだった。幹線道路と言っても1分に1、2台の車が通る程度である。どんな車にも手をあげてアピールをし始め、ようやく止まったトラックをヒッチハイクすることができた(11:00)。トラックは荷物を積んではいないが時速50km以下で常に上下に揺れて走る代物だ。



言葉は通じないがお世話になった親切なドライバーたち。写真左からNedar Ahmadさん、Bachaさん、Ahmadさん。15:00ごろ食堂を見つけて昼食をとった。



この先に大理石の産地があり、写真のように石を運ぶトラックをよく見かけた。私の乗ったトラックもそこへ積みに行くようだった。乾燥していて緑や農地もあまり見かけない。燃料にする枯れ木が売られている程度の貧しい地域だった。一方で地下資源は豊富である。治安が悪くて海外の資本が入れず、未開発の地域も多いらしい。



この幹線道路も舗装工事中の道路が目立ったが、「これらは住民のためではなく、資源をカラチやクエッタ(Quetta)に運ぶルートを政府が整備している」のだそうだ。



16:30、Khuzdarに着いた。宿が数軒ある道路沿いでトラックを降りた。
(運賃も頑として受け取らない、親切な人々であった。)
写真中央には、イスラムの宗教色が濃い政党Jamaatの旗(白黒ストライプ)。

Googleマップ


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町で声を掛けてきたMuhammad Khan(写真右から2人目、24歳)の家へ訪れた。彼は地元で有名な(?)「危険人物」だそうで、イスラムで禁止されている酒を平然と飲んでいた。私はイスラム圏で初めてビールを飲んだ。
(他の友人たちは少なくとも人前では飲んでいなかった。) 彼の腹部には大きな手術の痕があり、「テロに巻き込まれた」と言っていた。

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