2010/3/6 Khuzdarの人々(1)

市場での発砲事件(パンジャブ人2人死亡)のあった午後、一人で街に出た。「珍しいことではない」ので多くの店は普段どおり営業していた。



宿から近いエンジン修理屋にて。6人の従業員がいる。パシュトゥン人だ。多少の英語が話せるSanah Ullahさん(22歳、写真右)によれば、こうした小さな店の収益30,000Rs/月(大きな店は100,000Rs)でスタッフの月収は3,000Rs(約3180円)にしかならないそうだ。



少年工のAjabgul君、12歳。午前は学校に行っているそうだ。



マスター(師匠)のGulam Muhammadさん。



ペンキ塗装業のAlmansurさん(32歳)。名刺をくれた。日本に友人がいるそうだ(名はムラヤマさん)。塗装料金は、車のナンバープレートが200Rs、1㎡ほどの看板が400Rsが相場だそうだ。



小麦粉の製粉屋のDoor Muhammadさん。自分で製粉機の臼を修理していた。月に50,000Rsも稼ぐそうだ。



その隣で小麦の卸売り業をするAmboさん。25Rs/Kgで買い上げ、26Rs/kgでクエッタ(Quetta)で売っている。一袋は100Kgなど。



宿の1階の食堂には地階に個室があり、夜Sanah Ullahらパシュトゥン人の若者がゲームをして遊んでいた。(Chakkaという複雑な双六のようなゲーム。)
彼らは「バローチ人は野蛮で、Khuzdarではパンジャブ人や外国人には危険。早く去った方が良い」と言っていた。

彼らによれば、パシュトゥン人の割合は、Khuzdarで30%、クエッタで90%と言っていた。(とくにクエッタの数字は誇張されているが、実際に市場の店主など街ではパシュトゥン人が多いのは確かである。)

※ 画像をクリックすると拡大します。





  
この記事へのトラックバックURL
http://tabimichi.blog23.fc2.com/tb.php/900-0a2bc600
この記事へのトラックバック
この記事へのコメント
管理者にだけ表示を許可する