2010/3/16 Chaman国境からアフガンへ

アフガニスタンとの国境の町Chamanは、外国人が入るのに国の許可が要る。Chaman出身でBelaで出会ったShabbirさん(泊まったガソリンスタンドの経営者の弟。2、3日後に家に戻るからChamanを案内してくれると言っていた。関連記事)を当てに許可を取ろうと、クエッタ(Quetta)の国の機関(Home & Tribal Affars Department)へ申請していた。結果的にShabbirさんは当てが外れたが、ダメもとで申請したアフガンへの越境の許可も得ることができた。
(3日間、Home Departmentへ通い詰め、各部署で何度も審査を受け、ようやく許可が下りた。お世話になったSection OfficerのAbdul Qudoos Mangalさんは今でもメールのやりとりをしているが、彼によれば、ジャーナリストをはじめ欧米各国の人間も案外許可されているそうだ。パキスタン政府としてはChamanに滞在させるより、アフガン側に出させた方が手間がからず良いと考えているのかもしれない。)



3/15、紆余曲折を経て夕方にようやくChamanを向かった。(警察が交渉した乗り合いタクシーに載せられ、そのままChaman警察に連れて行かれた。)
Chaman到着が夜になったため、予定を変更して一泊し、翌朝国境を越えることになった。Chaman警察署では、DSP(District Superintendent of Police )に一通りの尋問を受けた後、若い警官らの寝泊りする部屋でお世話になった。珍しく英語が話せるNaomanさん(18歳、写真右)が私の世話係になった。(Chaman警察署には警官が60人ほどいる。)
カシミール出身のNaomanさんによれば、「バローチ人は教育されてなく野蛮で、彼らが独立しても統治できる人材がいない。なぜパンジャブ人を嫌うのかが分からない。」「パンジャブ人は進んでいる。彼らの文化こそがパキスタン。」「パシュトゥン人は商売好きで安月給の警察の仕事はやらない。また、どうしても同民族のタリバンを擁護する。」と説明してくれた。
バロチスタン州の警官の給料は安く、Naomanさんは7,000Rsしかない。確かにここで会った警官は、パンジャブ人やハザラ人は多いが、パシュトゥン人は少ないようだった。

また、「カシミールでは結婚相手を自由に選べるし、嫁の実家に金を支払う必要もない」そうで、パシュトゥンの文化とはだいぶ異なるようだ。(彼自身、故郷のガールフレンドとは毎晩のように携帯電話でメールをし、年に3回帰省をするそうだ。)

Googleマップ


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※ 画像をクリックすると拡大します。


翌日、国境の出国審査まで警官が同行してくれ、無事にアフガニスタンへ入ることができた。
旅はアフガニスタンへと続く・・・





  
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